洞窟の先で待つ魔族

文字数 4,092文字

 大人の男が一人通るのが精一杯程度の入口が、嘲笑うように待ち受けていた。それが巨大な魔物の口であるような気がして、アサギは喉を鳴らす。

『決して中には入らないように』

 そう言われたものの、待機しているだけでよいのだろうか。そもそも、このような小さな入り口を行き来する魔物とは一体どのようなものなのか。
 暫く大人しく待っていたが、何も起こらない。洞窟からも、音は聞こえてこない。
 躊躇したが、結局足を踏み入れる。小柄なアサギは難なく侵入し、左手を突き出し火炎魔法を唱えた。それで周囲を照らし出し、様子を窺う。 
 まだ、数歩しか踏み出していないが、すでに目の前は暗闇。魔法の灯りでは、一定範囲しか照らすことが出来ない。しかも、足元はゴツゴツした岩肌らしく、想像以上に歩きづらい。
 洞窟は自然に出来たものなのか、造られたものなのか。剣を持つ手で壁に触れると、指先で感触を確かめる。多少湿っぽいが、天井から水滴が垂れることはなかった。
 自分が歩く音しか聞こえない恐怖に、固唾を飲む。
 火の魔法が消えると、すぐに新しく魔法を詠唱した。懐中電灯があれば楽だが、持って来ていない。

「地球は、本当に便利ですね」

 苦笑し、肩を竦める。
 瞳を細め灯りを頼りに、注意深く歩き続けた。
 後方から敵が来ない事を祈りつつ、念の為神経を研ぎ澄ませる。大きく息を吸い込み、終わりがないような洞窟に足が震えるのを堪える。
 やはり誰かがいるのといないのとでは、精神的余裕が違う。
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「大丈夫、私は勇者なのだから」

 言い聞かせ、恐怖心を押し殺し進む。足音が反響し、自分以外の存在がいるような錯覚を誘う。
 どのくらい歩いたのだろう、何にも遭遇しないし先も見えない。空気が薄く時折眩暈を感じるが、休んでいる暇などないと足を動かした。
 急に風の流れを感じ、アサギは焦って火の玉を前方に投げた。すると、ぼんやりと明るい前方が見える。思わず笑顔になって勢いよく駆け出すと、洞窟から出る瞬間に詠唱を停止し、飛び出して剣を構える。
 トン、と軽快に地面に立てば森の中だった。鬱蒼と生い茂る草で露出していた足を軽く切ってしまったが、問題はない。
 静まりかえる森に一人きり、アサギは眉を顰めて上空を見上げる。満天の星空の、綺麗な夜だった。

「抜け道?」

 通ってきた洞窟を振り返り、首を傾げる。次の瞬間、反射的に剣を頭上で構えた。
 キィン、と澄み切った金属音が響き渡る。 
 歯を食いしばり、重すぎる攻撃に必死で耐えた。右脚を後方に広げ、重心を低くする。足が地中に沈むが、声を張り上げて力任せに押し返した。
 
「御一人、でしたか。貴女様程の方が配下も連れず?」

 淡々とした声の主を睨みつけると、桃色の髪が揺れていた。

「……どなたですか?」

 自分を知っているかのような口ぶりに、怪訝にアサギは聞き返した。剣を構え、相手の様子を窺う。
 長身の魔族は、桃色の髪をかき上げると無表情で杖を構える。アサギの剣と対等に交えたその杖の素材は、銀であるように思えた。細長い杖は装飾などなく、実に簡素。

「イエン・タイと申します。アサギ様」
「……魔族の方ですよね、アレク様のお知り合いですか?」

 とてもそうとは思えないが、一応訊いてみた。魔界イヴァンにいたのならば、自分を知っていても不思議ではない。

「アレクの事は名前程度しか。仮初の魔王のことなど、知らずともよし」
「……ということは、私の敵ですね」

 アサギが睨みつけて言うと、タイは若干口元の端に笑みを浮かべた。しかし、瞳は笑っていない。途端、杖を俊敏に振り下ろす。

「ふっ!」

 両手で剣を構えていたアサギは、難なくそれを受け止めた。しかし男と女、青年と少女、力の差は大きい。
 アサギの額に汗が浮かぶ。このままでは、絶対的に不利だ。

「退散致しますが、また近いうちに」

 焦燥しているアサギを瞳を細め見つめたタイは、そう告げた。
 意外な発言に、アサギは声を荒げる。

「ここで何を!?」
「それを話す馬鹿な魔族に見えますか?」

 喉の奥で嗤うと、タイは後方に跳躍する。追いかけてきたアサギに軽く会釈をし、冷めた瞳でそのまま上空へと飛ぶ。
 急に月が消え、暗闇となった足元にアサギは唇を噛んだ。月は、何かに隠れただけ。仰ぎ見ると、何かが上空にいる。羽音は騒々しく、風が吹き荒れる。

「お、大きい……!」

 瞬間、燃えるような光が現れた。
 サンダーバードだ、羽が輝いているので羽ばたきすれば光が溢れて零れ落ちる。その美しい姿にアサギは見惚れたが、直様「逃がしませんっ」と鋭く叫んだ。
 しかし、このままでは逃げられる。空を飛んで追いかけなければ、追いつく事など出来ない。

「飛びたい、飛べたら、追いかけられるのにっ」

 トビィの竜達がいてくれたら心強いが、無理な話だ。アサギは、悔しくて無我夢中で手を伸ばす。

 ……飛べたら、もっと、みんなの役に立てる!

 けれども、人間は飛ぶことが出来ない。唇を悔しそうに震わせ、どうしようもない無力さに走り出した。
 すると、急に身体が軽くなり浮遊感を覚えた。

「えっ!?」

 地面から、足が浮いている。動かすと、浮いたまま身体は進んだ。まるでそこに、見えない地面があるように。
 
「……飛んでる!」

 唖然と呟いたアサギは、考えるよりも先にタイが乗っているであろうサンダーバードを睨みつけていた。逃がしてはならない、その一心で神経を集中させる。
 ぎこちないが進み始めたアサギの身体は、懸命に追いつこうともがいた。しかし、優雅に飛行するサンダーバードとの距離は離れていくばかり。
 せっかく浮いたのに、追いつけない。逃げられる。
 
「待って!」

 吼える様に叫び、上手く動けないもどかしさに苛立ち唇を噛み締めた。

 ……追いつきたい、追いつかなければならない、どうやったらアソコまで行けるの!

 その声に軽く振り返ったタイの細長い怜悧な瞳が、大きく見開かれた。背筋に悪寒を感じ、舌打ちすると右脚でサンダーバードの腹を蹴り上げる。
 サンダーバードが察して嘶き、全速力で飛行する。

「待って!」

 アサギが再び叫ぶ。
 その声を聴きながら万が一だとばかりに詠唱を始めたタイだったが、唖然と右を見つめた。森林を連想させる深い緑の瞳に、若葉のような淡い緑の髪、ふわりと揺らしながら睨みつけて来る美少女に声が出せない。

「速いっ……!」

 ようやく自分は過ちを犯したのだと気付き、タイは急いで直様魔法を放った。ここまで早く追いつかれるとは思いもしなかった、計算違いだ。

「クソッ!」

 普段よりも小ぶりだが、それでも巨大な火の玉をアサギ目掛けて数個放る。しかし、難なく剣でそれらを弾き返し、平然と後を追ってくる姿に唖然とした。恐怖で口を閉じられない、目の前にいる者の()()()はタイ自身がよく知っている。

「さすが、ですね……!」

 足止めになるとは思えないが、必死の抵抗。逃亡せねば危うい事を、タイは察している。戦って勝てる相手ではないと、知っていた。
 
「緑の、髪。……今のアサギ様に真っ向から勝負を挑んでも、呆気なく殺されるが道理」

 全速力のサンダーバードと同等の速度で追って来るアサギに、恐れを感じずにはいられない。完全に意のままで浮いていた、不安定には見えない。
 魔族には、宙に浮くことが出来る者もいる。エルフも同様で、天界人は全員が羽を所持しているので、勿論可能。
 しかし、人間の中にこれが出来る者がいたとは、タイは知らなかった。

「まぁ、アサギ様ですしね。何が起きても不思議ではありませんが」

 恐怖のあまり口角を上げてしまったタイは、我武者羅に火炎の魔法を連打する。優雅に避けながら確実に距離を縮めてくるアサギには、当然痛手を負わせることなど出来ない。
 しかし。

「ひ、卑怯者っ!」

 我に返ったアサギは唇を噛み締めタイを睨み付けると、躊躇することなく身体を翻した。
 脱力し、タイは満面の笑みを浮かべる。一か八かだったが、賭けに勝ったようだ。時間は稼げたので、振り返ることなく全力で逃げ戻る。
 去っていくタイの気配を感じながらも、アサギには追うことが出来なかった。
 タイの放った火炎の魔法が森の木々を燃やし、火災を起こしていた為だ。この不測の事態を見過ごして立ち去る事など、出来ない。放置したら一面が火に飲み込まれてしまう。
 瞳を閉じ、神経を集中させる。アサギの髪が、緩やかに舞う。光の粒子が、その身体を包み込む。

「悠久なる流れは大地と共に、雫の欠片は大いなる大海へと全てを巻き込み流れ込む。生命溢れる海原より来たれ!」

 両手を掲げ詠唱を終えると、一気に腕を振り下ろした。突如として頭上に出現していた水が、森へと投下される。もうもうと水蒸気を上げながら、火と水は互いにひしめき合う。けれども一度の詠唱では鎮火出来ず、まだ危険な状態だ。
 アサギは森へと飛び込み、水の魔法での相殺を試みた。木々の間を疾走し、火を感知すれば魔法を放つ。

『熱いよ、アサギ様』

 声が聴こえる。
 弱弱しい声や、絶叫に近い悲鳴、それらはこの森が発するものだ。巨大な大木から、その根元に密やかに住んでいた苔、森をねぐらにしていた動物達。耳に、助けを求める悲痛な声が響き渡る。
 焦燥感に駆られながらも、懸命に消火活動に専念した。どうにか鎮火しかけたところで、気配に気づき上空へと舞い戻る。

「アサギ!」
「トビィお兄様!」

 トビィが、クレシダとデズデモーナと共に駆けつけてくれた。

「アサギ……」

 トビィは、息を飲む。
 宙に浮いていることにも驚いたが、そこではない。見知った、いや、()()()()アサギがそこにいた。
 黒煙と白煙が入り混じる中で、緑の髪が艶やかに流れている。触らずとも解る、艶めき柔らかいその美しい髪。
 トビィは、徐々に口元に笑みを浮かべた。
 自分が()()()出逢った時と同じ、髪と瞳の色。こちらのほうが、トビィにとっては自然なものだった。変化した髪を訝しむことはなく、すんなり受け入れる。宙に浮いている姿も、以前見たことがある気がする。
 これが()()()だ。


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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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