渦中の勇者は何処にいる
文字数 3,170文字
「また火災だと?」
呼ばれたトビィが不審に眉を吊り上げる。
街で大規模な火災が発生し、被害は甚大。自然発火ではなく、人災ということまでは突き止めたらしい。
「あぁ。今回は生存者も多いらしい。聞きこみに行く」
「そうか。オレは先回りをして周辺の村か街をあたる」
「ありがたい。気をつけろよ、トビィ」
険しい表情のライアンに片手を上げ、トビィは天界城を去った。
勇者らも順次駆けつけることになっているが、アサギからの連絡はない。
真面目なアサギが無視するとは思えずトビィは不安に駆られたが、そういう時もあるだろうと軽くマダーニに言われた為、渋々単独で行動する。相棒の竜二体を連れ、被害にあった街から最も近い村へと先行した。
「ナスタチュームに会いに行きたいが……上手くいかないもんだ。しかし、アサギは何処へ」
「心配ですね、大変嫌な予感がします」
「デズもそう思うか、オレもだ」
「はい。災厄に捕まっている気がしてなりません」
「奇遇だな、オレもそう思う」
心配性だ、とクレシダは隣で溜息を吐いたが、トビィとデズデモーナは真剣だった。アサギが不在だと、二人の行動は鈍る。
「先が思いやられますね」
クレシダは小さく、淡々と呟いた。
村に到着したトビィだが、特に問題はないという。不審な人物の来訪も目撃されていない。しらみつぶしに村を移動していると、街で被害状況を確認していたライアンから連絡が入った。
合流してみれば、目撃証言から小柄な少女が犯人として浮上したと告げられた。
「一人の美少女だそうだ」
「美少女?」
ライアンがげんなりとした様子で告げ、紙を差し出す。
受け取ったトビィは絶句した。
「黒髪です、このくらいの長さの。とにかく、一度見たら忘れられないほどの美少女です! 小柄なのに胸があって、妙に色っぽい。目立ちますよ」
恐怖から興奮しているのか、饒舌な男がそう喋り続ける。ライアンは、幾度もその話を聞かされていた。
絵心に自信があるという男が名乗り出て、その問題の美少女を描いてくれたという写し画を見ていたトビィは、得心のいかないような表情を浮かべた。
「……アサギ?」
トビィが掠れた声で告げる。
神妙に頷くライアンの横で、マダーニが頭を抱えていた。
早速出番だと人型になって街中までついてきたデズデモーナとクレシダも紙を覗き込み、低く唸る。
「……アサギ様ですね」
「アサギ様は、放火魔になられたのですか?」
揃って口から出た名は、アサギ。確かに、アサギだ。
瞳を細めトビィはそれを見つめていたが、すぐに鼻で嗤い飛ばした。
「そんなわけないだろ。一見似ているが、これはアサギではない」
確かにアサギではないのだが、こうも似ているのでライアンらは戸惑っていた。
「あのような美しい方、そういないと思っておりました。存在するものですか?」
デズデモーナが控え目ながらも大胆に発言すると、トビィが呆れたように肩を竦める。
「よく見ろ、デズ。アサギよりも目が釣り上がっている。それに、どうにも蓮っ葉な感じがするな」
「あぁ、確かに。楚々とした雰囲気がなく、粗野っぽいです。つまりこれは、別人ですね」
主と同僚の会話を聞きながら、クレシダは無表情で突っ立っていた。
「単なる絵で、そこまで判断されましても……」
冷静に指摘したが、声は二人に届かない。
だが、その絵は確かに特徴を上手く捉えていた。
「ま、まぁ……。闇雲に捜さなくて済むのはありがたいな」
想定外の容姿に面食らうが、貴重な証言を無駄には出来ない。ライアンは気を取り直し、彼女を追うことに専念するため指示を出す。
標的は、アサギに似た黒髪の美少女。
「……まてよ?」
トビィは、見る価値もないと外していた瞳を紙に戻す。
『アイセルの妹に“マビル”という名の少女がいます。彼女に瓜二つの者こそ、次の魔王となる。……勇者アサギです。アイセルからの報告では、確かに似ていると』
以前、ナスタチュームにそう告げられたことを思い出した。
「まさか」
半信半疑だが、可能性があるとしたら“マビル”である。トビィは口元を押さえ、怒ったような真顔になる。
『行方不明です。彼女を捜しに魔界へ行きましたが、姿は見えません』
魔界にはいなかった、とナスタチュームは言った。先の魔王戦による混乱から、人間界に来ている可能性はあると判断した。トビィはややあってから、ライアンたちに開口する。
「アサギに似た魔族がいると聞いたことがある。彼女の名はマビルで、黒髪」
アサギとの関連は話さず、“魔族”であるとだけ告げた。
驚きを隠せないライアンたちだが、マダーニは当惑しつつも頷いた。
「魔族であれば、火炎の魔法で街を焼くことは容易いのかもしれないわね」
種族が違うから無慈悲、というよりも、人間では扱えない強力な魔法を所持している可能性に納得する。マダーニは腕を組みながら低く唸る。
「魔族のことなど気にかけていなかったけれど、魔王が不在で周章狼狽?」
トビィは苦虫を潰したような顔で視線を泳がせる。まさにその通りだが、まさか次の魔王候補にアサギ及び自分の名が挙がっていることは言い辛い。
珍しく落ち着かない様子のトビィに気づいたマダーニは口を開きかけたが、クレロに呼ばれ、不本意ながらも全員で天界城に戻る。
掴んだ手がかりが、素直に喜べない。どうにも複雑な心境だ。
「皆、待たせてすまない。人間たちが『神隠しにあった』と騒いでいるらしいが、私は誰も隠していないのだ。どうにか誤解を解きたいと……」
天界城に戻れば、神の緊迫感がない発言に一斉に項垂れる。
「人間は、原因が分からぬことを神の仕業としますから。深く考えずともよいのです」
「うぅ~ん」
落ち込んでいるクレロに大袈裟に溜息を吐いたソレルは、アサギがいないことに気づいた。首を傾げ、話しかける。
「アサギ様はどちらへ? 天界城には到着していたようですが……」
トビィは、軽く瞳を見開いた。
「ここに来ているのか? 連絡がとれないが」
「えぇ、数人が目撃しています。何処かにいらっしゃる筈ですが」
皆は眉を顰め、顔を見合わせる。何をするにも能動的なアサギだ、真っ先に詳細を知りたがるだろうに。
「激しく嫌な予感がする」
トビィが吐露した本音に、皆も同意する。
「アサギ様をお捜しください。……まさかとは思いますが、また宝物庫に忍び込んでいらっしゃるとか」
「うむ……」
顎を擦っているクレロを叱咤したソレルは、目くじらをたてて急かす。
言われるまま、クレロは自慢の球体にアサギを映し出そうとした。だが、映像は遮断されてしまい何も浮かび上がらない。
「妙だな、そんな筈は」
天界城にいなくとも、映る筈だ。狼狽したクレロは何度も試みるが、結果は同じだった。
アサギの姿が、映らない。
「神の視界を遮っているとでも? 一体、アサギ様は何処で何を?」
水晶球を覗き込んだソレルは、クレロが嘘をついているわけではないと確認し射抜くような視線を向ける。それは、明らかにアサギに対して不信感を露わにした瞳。
ただでさえ、アサギに瓜二つの少女が問題になっているのに、これ以上の疑心を生みたくなかったクレロは、軽く唇を噛む。
神が贔屓している勇者を、疎ましく思う者もいる。彼らからアサギを護るためには、自分の目の届く場所に居て欲しかった。万が一、彼女が些細な事であれ罪を犯したとしても、事情を知っていたら庇うことが出来る。
「何処にいる、アサギ。無茶はしないでおくれ」
自由気ままなアサギは、自分の思う通りに動き回るだろう。それは
「私は
ポツリと落ちる雫のように、呟いた。