追撃者VSトーマ

文字数 6,316文字

 極く微妙に、不調和な空気が流れている馬車内。
 そ知らぬふりをして、トーマは荷袋の中から薬草を取り出し並べ出す。アイセルが用意してくれたものを、こんなにも早くに使うとは思っていなかった。

「えーっと、ミソハギは止血と消化不良……だったような。あげる」
「へぇ」

 ライアンとトモハル用だが、差し出されてもミノルはきょとん、としてそれを眺めている。使用法を知らない、とようやく気づいたトーマは渋々ながらも自ら治療することにした。

「お前、すげぇんだから回復魔法も使えるんじゃねーの?」
「使えないこともないけど、普段は使わないから苦手なんだよ。僕、強いから基本回復魔法なんて必要ないんだ。先制攻撃で倒しちゃうから」
「……お前、ある意味すげぇな」
「っていうか、勇者なら薬草の使い方くらい覚えてよ。それからね、僕の名前は“トーマ”っていうの。お前、じゃない」

 仏頂面でミノルを睨み付けたトーマは、再びライアンに視線を落とした。

「はいはい、トーマね。薬を食後に一日三回二錠飲む、とか、傷口にバンドエイド貼るとかなら知ってる」
「何それ」

 しかめっ面をしながら、トーマはライアンの傷口に薬草をあてがい、綺麗に包帯で巻いていく。

「綺麗な女の人の介抱なら率先するけど」
「顔に寄らず、変態だな、お前」
「同性愛者のミノル君は、そりゃあ男の人の手当をしたいだろうけども。一緒にしないでよ」
「だから、ちーがーうー!」

 上半身を起き上がらせ、すり潰した薬草と水を飲ませる。相当苦かった様で、ライアンの顔が酷く歪んだ。

「はい、後は体力次第。安静に」
「かたじけない」

 続いてトモハルの治療の為、面倒そうに近寄って覗き込んだ。すると、トーマは大きく身体を引き攣らせ、口元を押さえる。
 不審に思いミノルが覗き込むと、唇が青褪めている。その、余裕のない表情に慌てて声をかけた。

「どした?」
「こ、こいつっ!」
「トモハルって言うんだけど? え、死にそう? 手遅れ?」
「じょ、女難の相が!」
「は?」

 トーマは血相を変えて、震える手を伸ばしかけたままトモハルを見つめている。

「趣味悪っ」
「は?」

 トーマは数分後、ようやく我に返ると滝の様に流れている汗を拭った。

「ごめん、取り乱した。あまりに奇怪なっていうか、特異な運命の持ち主だったもんだから」
「確かにコイツ、変だけど。……何、占いかなんか?」
「……この人にさ『よろしく』って言っといて」
「はぁ」

 以後、トーマは黙々と手を動かした。形容の出来ない妙な表情だが、動きに無駄がない。
 その手際の良さを横目で見ながら、律儀な奴だとミノルは思った。口では文句を言っても、一切手抜きをしない姿は好感が持てる。
 夜が明ける頃、トーマは大きな欠伸をして睡眠に入る。

「ありがとな」
「本当だよ。扱き使い過ぎだよ……起きたら、相応の、報酬を」

 疲労困憊で、あっという間に眠ってしまったトーマに苦笑する。とはいえ、ミノルもほとんど眠っていない。気持ちが昂っていたこともあるし、トーマに任せっきりで申し訳なかった。

「眠るんだ、後は俺が」
 
 ライアンが起き上がり、柔らかく微笑んだ。

「もう大丈夫なの?」
「あぁ、おかげさまで。肋骨辺りが折れていると思ったが、杞憂だったらしい」

 マダーニを眠らせるべく交代したライアンの隣に、ミノルは座る。

「寝てていいんだぞ? 疲れただろう」
「……ここに、いる」

 ミノルは転寝を繰り返していたが、ライアンの隣で馬車の操作を覚えることにした。自信がついたので、自分から行動するようになった。

「期待してるよ、勇者様」

 ライアンは人のいい優しい笑みを浮かべ、必死に睡魔と戦っているミノルを見つめる。

 馬車の中には、眠っている三人。寝息を立てて、安心していた。
 
『トモハル。あと少しだけ、眠って。起きたら、あなたは……』
「アサギ?」

 浅い眠りの中で、アサギの声が聞こえた気がする。トモハルは、若干唇を動かしその名を呼んだ。

 キィィ、カトン……。

 引き寄せられた運命の糸は、こうして繋がり、広がる。

 数日経過し、ようやく起き上がったトモハルだが、まだ本調子ではなかった。

「真っ直ぐに東へ進み続ければ、ジョアン。気を緩めずに行こう」

 ライアンの指導の元、ミノルは懸命に雨の日も、暴風の日も、灼熱の太陽が降り注ぐ日も真面目に馬車の操作を覚えていた。簡単だと高を括っていたが、微調整が難しい上に、馬が言うことを聞いてくれない。
 馬車の中から、トーマが退屈そうに寝そべって、そんなミノルを見ている。
 マダーニは荷物の整理に、武器の手入れと忙しい。先日予定より多めの薬草を使用したので、在庫の把握をしている。また、巨大な敵でも毒による攻撃がかなり有効だと発覚したので、小瓶の中に新たに多々の毒草を入れ込み、漬け込んで矢尻を浸したりもしていた。

「マダーニ! 休憩できそうな場所が見つかれば、馬を休ませるが……」
「出来れば森近くが良いわね、薬草や食材を探したいのだけれど。小川があると、尚良し」
「了解」

 トモハルは軋む身体に鞭を打って、どうにか動こうとする。いつまでも寝ていられない、身体が鈍って剣の感覚を忘れてしまう。身体を動かさねば、と焦燥感に駆られる。

 ……折角、コツを掴み始めていたような気がしたのに。

 トモハルはせめて、と魔導書に没頭した。顔を顰めながら、重く息を吐き、それでも懸命に字を目で追った。骨にひびが入っているわけでもなく、打撲のみなのは奇跡に近い。しかし、全身打撲で正直かなりしんどい。その為、自力で回復魔法を用い、治すことにした。
 そんな面々を見つめてから小さく欠伸をし、トーマは瞳を閉じる。飛行魔法を習得しているので、陸路を行かなくても、普段は直線距離で空から目的地に到達していた。だが、この退屈な時間も旅の醍醐味だと解釈し、楽しんでいる。
 大勢での旅は、初めてだ。
 数時間後、小川が流れている開けた場所に出た。付近に森もあるので、ライアンは迷わずそこに馬車を停めた。馬も疲労が溜まっている。背を撫でて馬に労いの言葉をかけると、荷台から外す。馬に水を飲ませ、樹に繋いだ。近場の草を食べ始めたので、次は自分達の腹ごしらえである。

「今晩はここで寝よう」

 たまにはゆっくりと睡眠時間を得る事が大事である。就寝は交代で行い、馬車の中ではなく、地面で寝る事にした。寒くはないが、陽が傾き出す前に早々に焚き火を始める。低俗な魔物であれば、火だけで威嚇になる。
 ライアンは火の加減をマダーニに一存し、狩りに出かけた。魚や兎、鹿を狩り、燻製にして保存食を増やすつもりだった。
 トモハルは馬車から降り立つと、不安定な足取りながらも、ミノルと剣の稽古を始める。痛みを堪えながら、それでも歯を食いしばり額に汗を滲ませて感覚を取り戻そうとする。
 マダーニは夕飯の準備だ、ライアンの獲物に期待し、自分は近辺の食べられる野草を摘む。
 トーマは、首を傾げて眺めていた、一人で旅をしている自分にとってこんな光景は初めてだった。今までは気楽な一人旅だったが、「こういうのも、愉しいや」と、口元に笑みを浮かべる。自分だけ手持ち無沙汰なので、肩を竦めると右手を地中に翳して神経を集中させた。何かを探すように、足取りを進めながら瞳を軽く閉じる。馬車から数十メートル離れた位置で、立ち止まった。軽く目を開くと、満足そうに頷きそのまま唇を湿らせて言葉を紡ぐ。
 次の瞬間だった。
 ドォン!
 轟音が響き渡る。何事かと武器を構えたマダーニ、振り返ったミノルとトモハル。
 そこには、仁王立ちして自慢げに笑みを浮かべているトーマの姿があった。背後には、湯気が立ち上っていた。

「僕、毎晩お風呂に浸かりたいんだよね~。清潔第一でしょ」

 にこり、と無邪気にトーマは微笑むと、呆けている面々に舌を出した。
 唖然と三人は見守り、ようやく理解出来た。鼻につく匂いは、温泉に思える。湯脈を探し出して、地面を抉り取り、簡易な風呂を作ったようだ。

「この付近の温泉、質はどうかなぁ。疲れがとれるといいけど、ね」

 しゃがんで、右手を湯に入れてみる。想像以上に高温だったので、熱さで一旦手を引き抜いたが、静かに再び湯に手を入れた。指先を軽く触れ合わせ、確認する。

「うん……熱いけど、質はいいんじゃないかな。このトロみのあるお湯、素晴らしいね」

 温泉マニアなのかっ、とトモハルは思わず突っ込みそうになったが言葉を飲み込む。
 自分が温泉に浸かりたいこともあったのだが、必死に動いているミノル達を見て、自分も何か手伝いたくなりトーマはこの方法をとった。温泉ならば誰でも好きだろうし、自分も得で一石二鳥である。

「トーマちゃんっ! あなた、最高よっ!」

 感激し身体を震わしていたマダーニが、声高らかに猛突進して胸にトーマを押し付けた。
 呼吸困難に陥ったトーマは豊満な胸の下で苦笑いする、喜んで貰えたことは十分に解ったが、苦しい。
 女性としてはやはり、汗を流したい。マダーニは川辺で水浴びの予定だったが、質の良い温泉があればもう、感謝感激雨霰だ。暖かい上に身体も休まる。まさかこのような場所で温泉を堪能出来るなどと、誰が思っただろう。

「よかったじゃん、お前の怪我にもいーんじゃね?」
「あぁ、そうだね」

 ミノルとトモハルも、嬉しそうに笑い合うとトーマに駆け寄った。
 帰宅したライアンも、温泉を見て大喜びだった。
 皆の感極まった様子に、トモハルは吹き出す。「惑星が違っても、温泉好きはいるんだ、なぁ」と。この惑星に慣れてきた為、ふとした瞬間に自分が現在何処に居るのか解らなくなる。ここは異世界であって、地球ではない。けれども本質は同じだ、生きる為に場所は関係ない。手招いているマダーニの隣に腰を下ろし、白湯をゆっくりと味わって飲んだ。

 ……地球に居た頃は、白湯なんて病気の時くらいにしか飲まなかったなあ。意外に美味しいんだよな。

 焚き火を囲んで、水と小麦粉を練って焼いたものに植物油を垂らし食べる。串刺しにして焼いてある川魚には、塩を振った。ミノルが満面の笑みで我武者羅に食べ散らかしているが、無理もない、久方ぶりのまともな食事だ。ライアンが捕獲して捌いた新鮮な小鹿の肉は、野草と合わせてスープになった。
 非常に豪華な夕飯で、皆の顔は綻ぶ。五人で焚き火を囲み、星空を見上げる。目的を忘れてしまうくらい、穏やかな時間だった。
 食後、腹休めをしてからマダーニが最初に温泉に浸かったが、長過ぎた為男達は軽く転寝をした。
 次は男達が豪快に四人で浸かる、砂塗れの湯だがそれもまた野生的である。まだ子供のミノルとトモハルにはしゃぐな、と言ってもそれは無理だ。唯でさえアサギが無事であることを知り、興奮冷めやまない状態である。
 騒ぎは収まらない。 

「お前、すげーのな。温泉まで見つけられるんだな!」
「だーかーらー、お前じゃなくて、トーマだってば。……温泉くらい、大した事じゃないよ」

 上機嫌でミノルがトーマに語りかければ、鼻で笑って返答してきた。

「でも、本当に凄い魔力を感じるよ。俺にだって、凄さが解る」

 真向かいでトモハルが屈託なく微笑み、トーマに声をかけた。互いに意識しつつも、開口に時間がかかっていた。
 トーマの存在に気づいた時、ミノルが「救世主」とトモハルに説明したものの、凄まじい威力の魔法、とやらがどの程度なのか解っていない。けれども、ビリビリくる不思議な感覚は、仲間達の誰とも違っていた。トモハルは、雰囲気からトーマの底知れぬ恐ろしさに気づいている。
 トーマは、トモハルの姿を瞳に縫い留めた。澄んだ瞳は、まるで何かを射抜くようだ。
 不思議そうに小首を傾げたトモハルに我に返ったトーマは「……まぁ、ね。その、師匠が優秀だから」と小声で返した。

「なぁ、トーマ。一緒に来いよ! 魔王倒そうぜ、お前がいると心強いし、すんげー魔法、俺らに教えてくれよ」

 落ち着きなく語りかけてくるミノルに半ばげんなりして、トーマは唇を尖らせる。

「駄目だなぁ、ミノル君。人に頼っていたら前に進めないよ? まぁ、ずっとは一緒に居られないけど……居る間は出来る限り教えてあげてもいいよ。ただ僕は、人に教えたことがないから、上手く説明出来るかなぁ」

 大袈裟に身体を震わせて、トーマはミノルに湯をかけた。
 怪訝に顔を顰めたミノルだが、両手で大きくお湯を汲み、トーマに投げつける。温泉は戦場になった、トモハルもライアンも巻き込み大騒動だ。
 それでも、四人の顔には笑顔が浮かんでいる。
 湯冷めしないように毛布に包まり、焚き火の前に居たマダーニは、喧騒を聞きながら茶を啜る。だが唇を噛締め徐に立ち上がると、簡易な結界を施し万が一に備えた。出来は上々の為、満足して微笑む。折角の休憩だ、皆で眠りたい。

「うん。魔力も戻ってきた!」

 そんなマダーニの気遣いなど知らない男達が騒ぎながらやってきた、まだ元気が有り余っているようだ。苦笑しながらも、茶の準備を始める。マダーニの特製、紅茶をベースにラベンダー、マリーゴールド、ミント、ライム、バーベナを調合したリラックス効果のあるものだ。
 ゆったりと五人で飲み干すと、就寝の準備に入る。
 焚き火の中で時折火が爆ぜる、暑い夜だが風は涼しい。幾度も見上げた星空は、眩く儚く美しく。何時しか、夢に落ちていた。
 一応、ライアンとマダーニが交代で起きていた。
 トーマの隣には、ミノルがいる。初めて家族以外の人物と、こうして並んで眠った。

「助けてあげたいけど。そうもいかないんだ……ごめんね」

 同情なのか、友情なのか。手助けはしてやりたい、それは本音だ。自分が加勢すれば、格段に楽になるだろう。自嘲気味に微笑み、瞳を閉じる。
 どのくらい経過しただろう、妙な気配に目が冴えたトーマは、右手を上げると何かを放り投げるような仕草をした。

 ……去れ、気分を害さないで。僕はこの人達みたく、御人好しじゃないんだ。

 怒気を含んだ、声にはしないが"意志”を投げつける。馬車からかなり離れた位置で、何かが蠢いていた。
 舌打ちしたトーマに気づいたライアンが、声をかけた。

「起きたのかい?」
「うん。ねぇ、僕が起きているから、寝たら? 少しでも仮眠しなよ。眠くなったら起こすから、後退して」
「しかし」
「遠慮しないで、目が醒めた」
「そうか……ありがとう」

 ライアンが寝静まるのを確認し、トーマは素早く、しかし音を立てないように瞬時に宙に浮かぶ。高速で駆けて、逃げ出す影を捕らえた。

「忠告したのに」

 冷淡な声で呟くと、両手で魔力を瞬時に繰り出してそれを放つ。
 瞬間、忽然と消えた"何か”。

「僕がいる間は、何度来ても同じだと思うけど?」

 トーマの頬を風が撫でる、憤怒を感じる声が風に乗る。トーマには、相手が視えている。そして、相手が確実に受け取る事を知っていた。
 静まり返った周囲にようやく警戒心を解き、音無くして再びミノルの隣で横になった。

「眠くなった、交代して」

 ライアンを起こし、薄らと微笑んで瞳を閉じる。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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