勇者上陸

文字数 5,349文字

 硬い音が、小気味よく響いた。
 見れば、剣が刺さっていない。剣は、二人の身体の前で止まっている。見えない何かが阻んでいるようで、力を籠めてもそれ以上動かない。不思議そうに顔を見合わせた魔族達は、再度剣を振りかぶって突き立てた。
 しかし、同じ様に弾かれる。

「もう、事切れている。無意味な事をしてはいけない」

 背後からの声に、魔族達は鈍足に振り返った。
 アサギが立っており、その腕には魔族達に見慣れた武器を抱えていた。スリザの双剣に、アイセルの手甲。ただ、今の魔族達にそれらが認識出来たかどうか、解らない。新たな獲物の出現に喜び、顔を見合わせる。下品な笑い声を上げ剣を向けるが、そのまま力が抜けたように静かに地面に倒れ込んだ。
 寝息が聞こえ始める。各々武器を手放し、穏やかな表情を浮かべていた。
 彼らを一瞥すると、寄り添って死んでいるサイゴンとホーチミンに近寄った。その笑みを見て、身体が震える。
 なんと幸せそうな二人だろう。まるで宵闇の時間を揺蕩い、朝日から逃れて柔らかな布に包まって寄り添う恋人に見えた。知らず、瞳から涙が零れ落ちる。

「サイゴン様、ホーチミン様……。間に合わなかった、ごめんなさい。運命の、恋人達」

 力なく座り込み、ニ人の亡骸にそっと触れる。涙が二人の身体に触れると、その姿が掻き消えた。

「預かります」

 暫し、先程の二人を思い出していた。安らかな寝顔の二人は、明日また迎えに来てくれそうだった。そして、何事もなかったように魔法と剣の特訓をする。
 溢れていた涙を拭い、険しい面持ちで周囲の様子を窺う。颯爽と立ち上がり、気になる方向へ足を速めると、サイゴンの大剣とホーチミンの杖を発見した。
 安堵の溜息を吐き、それらを抱えアサギは飛んだ。
 城から離れ、砂埃は舞っているが木々は倒れていない森の中、それぞれの武器をそっと横たえる。
 宙に、大きく円を描く。その空間が、何かに護られているように青白く光り輝いた。硝子の球体の中に閉じ込められたような、四種の武器。
 地面に手を添える、日本語でも、まして惑星クレオの言葉でもない不思議な言葉を呟くと、地中から棘を纏った蔓が生え、そこを護るように囲い始めた。瞳を閉じ念じ続ければ、蔓から真紅の花が咲き始める。
 地面に若干浮かぶ球体は、植物の加護を得て。中で、武器が発光している。
 腕を真横に振れば、荊の柱が四本、地中から突き出した。

()()()()()()()。お前でないと、救えない。間に合わない、私では遅すぎる。抗うのならば、私ではなくお前が。……その時まで」

 アサギは深く頭を下げ、四人の墓標を後にした。

「……今ここで、抗うのを止めるのならば、あとは私が。けれどもそれでは」

 途中、先程まで眠っていた魔族達に出会った。目を覚まし、案の定混乱しているが、正気に戻っていたので攻撃される事はない。アサギは自分が来た方向を指し示し、ただ「逃げなさい、遠くへ」とだけ、伝えた。
 魔族達は深く礼をすると、皆で手を取り合って逃亡する。

 豊かな緑で覆われた孤島・アレクセイ。
 ナスタチュームは、金切り声を上げる。周囲の者達は宥める術を知らず、ただ唇を噛み締め項垂れる。アレクと通信していたが、一刻を争うので自らが転移しようとしたのだが、出来ない。
 それはアレクの室内が破壊され、転送陣が消えたからだ。本来ならばそうとも知らずに転送陣に足を踏み入れれば、異空間に弾き飛ばされ出られないのだが、ナスタチュームが寸でのところで気付いた。悪寒が走り踏み止まった為、惨劇は免れた。
 
「嫌な予感がする」

 苦虫を潰した様な声を漏らした。狼狽する皆を尻目に、顔面蒼白で自室に戻ったナスタチュームは、杞憂であればよいと再びアレクと交信を試みたが、直感通り反応はない。
 舌打ちし、自身の杖を床に突き立てて怒鳴る。

「一刻の猶予を争います。時間はかかりますが、飛行し魔界イヴァンへ」

 それしか方法はない。
 まさか魔王ミラボーが暴れているなど露知らず、魔界が混沌と化しているなど、夢にも思わず。
 ナスタチューム、オークス、サーラの三人は島を飛び立った。
 不安そうに彼らを見上げ残った魔族達は、最悪の事態に備え厳戒態勢に入った。風が、島中の植物を吹き飛ばす勢いで、吹き荒れる。

 魔界が混沌に包まれている最中、勇者達の船は到着した。

「ここが……魔界イヴァン」

 初めて皆、魔界を見た。緊張が走り、空気が張り詰める。勇者達は恐怖から互いに手を握り、戦いに慣れている仲間達も、冷静さを欠いてしまう。喉を鳴らして唾を飲み込み、妙に騒がしい魔界を戦場で見つめる。
 何処から上陸したものか、と思案していたが、砂浜を見つけた。警戒しつつ近づき、座礁する寸前で小船を下ろして上陸を試みる。

「にしても、妙だな。この船が見えてないのか? ありがたいことだが、攻撃がないっていうのは、流石に気味悪い」

 現状を知らないライアンは、罠ではないかと訝しむ。しかし、乗り込むより他ない。

「ねぇ……。遠くが妙に騒がしい気がするんだけど、何? ほら、あの辺り。煙も上がってるし、火柱っぽい明かりも見えるし。 魔族のお祭りなの?」

 マダーニは、風に耳を傾けた。皆も、瞳を細める。確かに、妙な雰囲気だ。
 皆で何槽かに分かれ上陸すると、船は離れた場所で待機した。食料等限界がくるまで待機する予定だが、乗員の命が優先な為、制限時間がある。
 急がねばならない、船がないと戻れない。
 緊張した面持ちで小船の縄を近くの木に縛りつけ、固定する。これれが流されても、終わりだ。 

「行きましょう、油断しないで」

 魔物の鳴き声が、明確に遠くから聞こえ始める。運よく乗り込めただけだと気を引き締め、いつでも斬りかかれる様に心し、陣を組んで進む。砂浜からすぐ森に入った、薄暗い中を進んで行くと、地響きがする。太陽の光の遮断する木々の葉が、より一層不気味に思えた。
 心の持ちようで、風景は色を変える。本来、この海に近い森は、美しい緑が映える憩いの場。けれども、警戒している一同にとって、迷いの森にしか思えない。恐怖で神経が麻痺しそうだった、勇者達は震えながら進む。仲間が居るから、友達がいるから、辛うじて耐えられた。
 何よりここに、アサギがいる筈だった。尻尾を巻いて逃げ帰っては、意味がない。
 ふと、上空を何かが横切った。大きな影が暗い森にくっきりと落ちると、歓喜の声を上げたアリナが手を振った。

「トビィの竜だろ、あれ! 黒いやつ!」
「あ、あぁ! そうだ、きっとそうだ! トビィだ!」

 アリナとサマルトが騒ぎ出し、皆が唖然と上空を見た。
 確かに、トビィの竜。しかし、デズデモーナは下に人間がいるなど知らず、通り過ぎた。気付いていたとしても、トビィ以外の人間の言葉に耳を傾けることはない。
 木々の間から見えた巨体に、アリナが興奮して走り出した。久し振りに敵友と出会えると確信し、こんな時だからこそ余計に胸が躍る。
 森を抜けると、道が目の前に広がっていた。
 喉を鳴らし、先陣切って走っていたアリナは、瞳を軽く閉じる。風が左から吹くと、潮の香りを含んでいる。迷うことなく、右へと進む。
 一行は、遠ざかっていくアリナを慌てて追いかけた。整備されている走りやすい道ではあるが、速過ぎる。
 
「それにしても、やっぱりおかしいだろ? 魔物は何処だ?」

 だが、地響きは止まらない。進む程に、直下型地震と錯覚するほど足元が揺れる。
 待ち伏せされているのでは、と杞憂したライアンは懸命にアリナを追いかけた。腕に自信があるとはいえ、回り込まれては危うい。

「そんなことないわよ……みんな、構えて! お客さんよ!」

 ライアンの言葉に皮肉めいて笑ったマダーニは、大声で叫んだ。そして、率先して魔法を放つ。上空から喚きながら舞い降りてきた飛行型の魔物に、炎を喰らわせる。
 先程、アサギが襲われていた魔物である。強くはないが、数が多い。

「力を温存して戦え、無理はするな! そして絶対に皆と離れるな、逸れたら終わりだ!」

 ライアンが剣を振り回しながら叫ぶと、皆が一斉に返事をした。自信のあるアリナとマダーニ、ライアンが先陣を切る。後方をブジャタ、ミシア、ムーンが固め、護られている勇者達も懸命に魔法で応戦した。

「マ」

 急降下してきた魔物を一突きにしたトモハルは、忠告されたにも関わらず道から逸れ、森へと進んだ。吸い寄せられるように、一心不乱に歩き出す。
 だが、気づいたミノルが慌てて腕を掴んだ。単独行動は危険だ、それくらい誰にでも解る。
 我に返ったトモハルは苦笑すると、怪訝な顔つきのミノルに軽く謝る。引き寄せられるように森へ向かったのは、行かなければならない気がしたからだ。
 誰かに呼ばれた、というよりも、自分の本能に叱咤された。
 トモハルは知らなかった。その先に、マビルがいる事を。
 マビルは知らなかった。直ぐ傍に、前世で想いを秘めていた相手がいた事を。
 二人が出逢う時期は、延びた。

「魔界らしいじゃーん! そぉいやっ!」

 明らかに愉しんでいるアリナを溜息混じりに見つめ、マダーニは軽く額を押さえた。愉しむ余裕があるとは、羨ましい限りである。こちらは、湧いてくる魔物に嫌気が差し、息が上がっているというのに。
 ようやく最後の一羽を倒したので、皆は集合し無事を確認し合った。全員、いる。多少の傷を負ったが、魔法で回復出来る程度で問題ない。
 息を整えてから、出発する。

「ねぇ、ボクら以外にも魔王を倒そうとしてる奴がいるの? 城が崩壊してるように見えるけど?」
「……なんてことなの」

 勇者達は、城であったらしい建造物を唖然と見上げるしかなかった。
 この辺りから急に砂埃が舞って、視界が悪くなっている。それでも、そこに儚く浮かぶ巨大な城が半分崩壊している様子は見てとれた。最早、廃墟にしか見えない。次いで、絶望的に高らかな叫び声が四方から聞こえ始めた。
 そして、左前方に、広範囲で攻撃を放っている“何か”がいることも解った。建物が砂塵を巻き上げているようにも見えるが、もしあれが生物であれば、その圧倒的な大きさと破壊力に皆の足が竦む。
 流石にアリナも軽口が叩けず、固唾を飲んで見やる。

「あれは……味方なのかしら」

 ようやくマダーニが、声を絞り出した。

「違うだろうな」
「そうよねぇ」

 ライアンが、刀折れ矢尽きたように返答した。
 あれと、どう戦えばよいのか。魔王が自分の城を面白がって破壊しているとは到底思えない、そうなると利害が一致した味方なのかとも脳裏を過るが。
 人間の仕業には思えない。
 思考が入り乱れ踏み止まっていると、一行の前から魔族達が押し寄せてきた。その数に悲鳴を上げ慌てて構えるが、必死の形相で突き進んでくるだけで、攻撃などしてこなかった。それどころか邪魔だとばかりに弾き飛ばして、一目散に逃げていく。
 慌てて道の端に固まった一行は、眸の底に寸間も休まらないというような恐怖を滲ませる。

「ま、魔族達が逃げているってことは……み、味方じゃないかしらぁ、あれ?」
「いや、絶対違う」

 苦し紛れに、マダーニが再度懇願するように口にしたが、あっさりとライアンが斬り捨てた。
 恐る恐る、一行は魔族達を刺激せぬように、気配を消して移動をする。

「何やってるんだ人間共! 死にたいのか!?」
「ひ、ひぇ!?」
「港へ急げ、直に船の出港も取りやめだろう。命が惜しかったら、行くな!」

 ご丁寧にも、身を案じて話しかけてきた魔族がいた。
 話しかけられたミノルは口をパクパクさせながら、隣に居たトモハルの衣服を引っ張る。
 悪友に救いを求められ、助けるしかない。トモハルは、震えながら口を開く。

「いえ、あの、状況が解らなくて。その、一体何があったんですか?」

 緊張のあまり、敬語になった。 

「ミラボーがやりやがった! アレク様のご好意でここに滞在していた癖に、本性を表した! 城は見ての通り崩壊よ、噂では、アレク様にアサギ様、ハイ様達も吹き飛んだとか」
「アサギ様!?」

 魔族が人間に話しかけてくるだけで驚きだったが、アサギが様付けで呼ばれたことに衝撃を覚えた一行は、全員で声を荒げた。
 
「ミラボーの魂胆は恐らく、この世界の掌握だろうな。逃げても無駄かもしれねぇが、一旦は退散だ! 巻き添え食うなよ、あばよっ」

 捲くし立て走り去った魔族に、反射的にトモハルは一礼した。つられて、ミノルも一礼した。

「な、何がどうなってるんだ……」
「っていうか、吹き飛んだって何だよ! どうするんだよっ」
「諦めるな、噂だ噂。行くぞっ」

 混乱する一行に、ライアンが怒鳴る。自身も焦ってはいたが、ここで誰かが仕切らなければ進めない。幼い勇者達に統率を任せることなど出来ないので、自らが買って出た。震える足に爪を立て、寄り添ったマダーニに励まされ歯を食いしばる。
 しかし、すぐに立ち止まると乾いた笑い声を出した。
 道の真ん中に、一人の人間が立っている。美しい艶やかな黒髪、深紅の瞳。女盛りの豊満な肉体に相応しい妖艶な微笑を浮かべて、明らかに好戦的な態度でこちらを見据えていた。

「人間、だ」

 呟いたケンイチに、エーアはウフフと花が咲いたように笑った。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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