一度の敗北と、胸のうちに誓う復讐

文字数 9,098文字

 魔界は、異様な熱気に包まれた。
 三種の竜を従えて戻った人間のドラゴンナイトの噂は、瞬く間に魔界に広がった。三体の竜を所持しているドラゴンナイトですら、片手で数えられるほど。それも、その三体は種族が異なるとなれば、初めての偉業だ。こうなると、英雄扱いである。
 トビィは、そんな沸き立つ中を憮然として歩いた。流石に視線や噂話が鬱陶しく思えた、昔から目立ってしまうことには慣れていたが、干渉はされたくない。これでは、気が休まらない。マドリードの家にいたところで、好奇心の目が向けられていた為、無駄に疲れてしまう。
 その日は、魔界会議なるものが開催されるというので、サイゴンに促され出席することにした。招待状など不要で、魔界に滞在している者ならば、誰でも参加可能である。魔王達に一切興味はなかったが、ここで初めてその姿を瞼に焼き付けた。
 銀の長髪、常に笑みを浮かべているが何を考えているのか解らない魔王リュウ。
 漆黒の長髪、冷淡な瞳が印象的な無情の魔王ハイ。
 人型ではない、不吉な邪気を漂わせる魔王ミラボー。
 そして優美な容姿だが、今ひとつ掴めない魔王アレク。
 魔王が四人も揃えば圧巻だが、トビィは然程関心がない。議題も、興味がないものばかりだったので、話は耳から入って来るものの、すぐに抜けて行く。

「アイツらは強いのか?」

 小声でサイゴンに問うと、苦虫を潰した様な顔で苦笑する。

「強いだろうな、何しろ魔王様だし。しかし、俺達のアレク様以外の魔王の能力は未知数。まぁ、我らがアレク様が最も御強いに違いない」
「なら、他の魔王より、オレ達の方がよっぽど秀でているかも」

 鼻で笑ったトビィは、今一度、彼らを見上げる。
 掴みどころがなく不気味だと感じたのはリュウだ、まるで自身を隠しているような作り笑顔に違和感を覚える。おまけに、退屈しているのか苺を食べ始めていた。
 
「まぁ、魔王っていうのは凡人には理解出来ないのさ」

 零したサイゴンに、トビィは軽く頷いた。
 食料を買い込みマドリードの家へと戻ってきた二人は、慣れた椅子に腰かけ、ワインとチーズに手を伸ばしながらようやく脇息に気づかれを落とす。

「ところで、マドリードは未だ戻らないのか? 遅すぎやしないか?」
「実を言うと、俺も不安だ。いや、でもトビィがいるから時間の流れを感じるのであって、魔族にとって本来五年など、たいしたことないし……。今までもこんな感じだったような」
「今回の任務って、結局何」
「詳細は俺も聞かされていない……」
 
 眉間に皺を寄せるサイゴンは、腕を組んで低く唸る。トビィの成長を見ているのが楽しくて、時間の流れを早く感じているのは確かだった。
 積もりに積もった話を、二人は交わす。しかし、何を話していても結局気がかりなのはマドリードであり、話はそこへと回帰する。
 明日は、トビィの十六歳の誕生日であった。

 その頃だった、噂をすればなんとやら。

「ただいま、イヴァン」

 マドリードは小高い丘から、久方ぶりの故郷の空気に安堵の溜息を漏らした。艶やかな金髪を風に遊ばせて、杯に空気を思いっきり吸い込む。しばし物思いにふけっていたが、やがて悠々と翼を広げ家へと向かった。トビィはどれほど成長しただろう、弟の様な、息子の様な愛しい人間の事を想いだけで、心は温かくなった。幼いころから類稀なる才能を垣間見せていたが、今頃は青年と少年の狭間で、魅力溢れる男になっているに違いないと薄ら微笑む。早く抱き締めたい、髪をくしゃくしゃにしてやりたい、そして額に口付けを落としたい。
 心はトビィを求め、帰宅を促す。しかし、そうも言ってはいられない。深い溜息を一つ、そっと瞼を閉じる。呼吸を整え、瞳を開けば、表情は険しく、瞳は金に禍々しく光っている。

「ビアンカね? 休ませて欲しいものだわ」

 至極落ち着いた様子で言い放ったマドリードは、宙で脚を組む。先程から、森の中で異様な殺気を感じていた。明らかに、その殺意はこちらを向いている。
 黒髪の女性が木陰から姿を現し指を鳴らせば、潜んでいたのか魔族達がぞろぞろと出て来た。まるで、マドリードを囲むように。
 上空から彼らを見下ろしていたマドリードは、呆れて溜息を零した。

「女一人に、この様なの? 情けない」

 結構な人数である。彼らは、じりじりと包囲の輪を縮めている。
 しかし強気な態度を変えないマドリードに、赤い唇を歪ませビアンカ、と呼ばれた女は顎で一人の男を指図した。

「なんとでもお言い、目障りなお前さえ潰せば手段など、どうでも良いのさ。オジロン!」

 傍らのオジロンは、無造作にマドリードへ向かって何かを投げつけた。
 それが何か解らず、一瞬怯んだものの、目に飛び込んで来た瞬間に喉の奥でヒュッと声にならぬ音が鳴る。身体を硬直させ、震える唇から辛うじて吐き出した言葉と共に、顔面蒼白のマドリードは戦闘態勢に入った。

「ビアンカ、あんた!」

 投げられたものは、球体に思えた。しかしそれは、悲痛で苦悶の表情を浮かべた人間の頭部。
 マドリードは、地面に落下する前にそれらを懸命に拾い上げようとした。まだ新しいが、死して数日が経過しているのだろう。

「あ、あぁ! なんてことを!」

 それは、トビィと同じ様にビアンカが魔界へ連れてきて、育てた人間達であった。彼らはマドリードの手を離れ、魔界の一角でひっそりと共同生活をしていた。時折顔を出せば、様々なもてなしを受けたものだった。人間界へ戻してもよかったが、彼らがそれを拒否した。皆、マドリードを母の様に慕っていたのだ。
 走馬灯のように彼らとの思い出が流れて行くと、マドリードの瞳は憤怒で染まる、両手で大きく印を結び、ビアンカへ怒涛の魔力を放出する。

「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ! 全てを灰に、跡形もなく!」

 火の属性、禁呪を省いて現段階で最強の魔法に、オジロン達数名は大火傷を負いそのまま吹き飛ばされた。森の木々も、焼け落ちる。
 ビアンカは舌打ちした、ここまで彼女の理性を崩壊させるとは、思っていなかった。判断を誤った、単に狼狽し、隙を作らせたかっただけだ。怪我を負った者に「もう行け」と怒鳴ったビアンカは、マドリードと同等の魔法を唱え、解き放つ。
 瞬時に焼け野原と化すその森で、二人の女が対峙した。
 巨大な斧を背負ったビアンカが、手負いの獣の様にギラギラと光らせた瞳で間合いを詰めてくる。

「昔から気に食わなかったんだ! 人間なんぞに甘いのに、魔王様の信頼を得て優遇されているアンタ。私に寄越せ!」
「……私を殺しても、地位は得られぬ。無理よ、ビアンカ。それが解らぬ貴女ではないでしょう? それに、こんなに派手に動いては、今に誰かが駆け付けて露見する」
「喧しい!」

 大事な人間の子を虐殺された怒りと悲しみがマドリードを突き動かす、腰に下げていた二本の小剣についに手をかける。奇声と共に、ビアンカが突進してきた。相当な重量があるだろうに、まるで紙でも扱うように容易く斧を振っている。小剣二本でどうにか防いでいるものの、両腕は痺れる。
 この場に似つかわしくない優しい日差しが降り注ぐ中で、激しくぶつかり合う音がひっきりなしに上がる。荒野と化したその場所で、満身創痍な二人の魔族はそれでも死に物狂いで戦った。
 どれほどの時間が経過したのか、それでもビアンカとマドリードはその場に睨みながら立っている。互いに限界を超えていた、立っているのがやっとだ、今は嫉妬と憎悪、復讐心だけが二人の気力。
 二人が同時に手を掲げる、最期の詠唱になることは互いに解っていた。二人同時に同魔法を放つ、雷属性の魔法である。どちらの魔力と忍耐、持久力が勝るのか。視線が交差し、火花が散る。
 僅かに早く、マドリードの放った魔法がビアンカを直撃した。途端、この世のものとは思えぬ絶叫が響く。
 マドリードは勝利を確信し、若干口元に笑みを浮かべた。自らを標的とし落下する雷を避けようと、倒れこむように地面を転がり、必死に感電から逃れるべく身体を動かす。ビアンカの断末魔は、呪いの様に耳の中に侵入する。
 飛べばそれこそ格好の的だ、まだ落雷の勢いは止まらない。威力を優先したマドリードは確かに勝利した、しかし、持続を選択したビアンカの予想以上の猛攻は計算外だった。
 勝ったのは、どちらなのか。
 交わすだけの体力が、マドリードには残っていない。
 ふと、焼け焦げていたビアンカと瞳が交差した気がした。それはるで、陶酔の笑みを浮かべ『私の勝ち』とでも言うように哂っている。
 低く呻き、交わしきれなかった雷を身体に受けながら、それでもマドリードは懸命にある場所を目指した、行くべきところがある。自分の家ではない、トビィに会いたいのも確かだ、しかし。

 ……アレク、様、アレク、さ、ま。

 最期の力を振り絞り、城の一室へ向けて念じる。距離は遠いが、荘厳な白亜の城は今日も優美に建っている。

 ……あぁ、なんて美しい城だろう。愛しの我が故郷、魔界イヴァン。

 やがて城の一室から銀の髪を靡かせ、血相抱えた美男子が顔を出した。その姿を見て安堵の笑みを零すと、そのまま息絶え絶えにマドリードは語る。

 ……も、もうしわけありませ、ん。ビアンカに、やられてこの様で、す。
 ……今行く! 何も言うな、無駄に力を使うな!
 ……い、いえ。もう、無理で御座います。お役目は、サイゴンに。我が弟のサイゴンに。お役に立てず、もうしわけ、ありませ、ん。アレクさま、の、ゆ、め、が。
 ……マドリード!

 途絶えたマドリードの声に身体を震わせ、アレクは控えていた直属の部下であるスリザに指示を出した。
 スリザが素早く部屋から立ち去ると、アレクは一人部屋で項垂れ、涙を零す。自身を責めた。
 魔王直属の命を受けていたマドリードは、その内容を誰にも知られてはいけない。彼女に甘え、危険な依頼をしていたアレクの心は今しがた壊れてしまいそうだった。
 人間界での任務は然程危険ではない、問題は魔族達の嫉妬だ。マドリードは魔王直属の部隊に入団しているわけではない、隠密行動をとる特殊な役割を担っていた。
 アレクが今回マドリードに任せたことは『勇者の捜索』及び『魔物の調査』だった。
 勇者を捜している目的は、殺害する為ではない。和解を申し入れる為である。
 アレクが平和主義者だというのは、周知の事実だ。快く思わない魔族達に潰されないよう、またその立場を欲する者達を捩じ伏せられるよう、強い者でなければ任務は遂行出来ない。何より、魔王アレクと同じく“人間と共存したい”と願う者でなければならない。そうなると、適任者は数少ない。
 また、魔物の調査に関しては、他の魔王らがひっそりと動いていることを掴んでいたからだ。明らかに惑星クレオには存在していなかった魔物が見受けられたので、何処から来たのか調べて貰っていた。
 マドリードでも無理だった、そうなると後継者など。

「……危険が高すぎる、やはり無理だろうか。勇者と早急に接触したいと願うことは無理なのか。何故勇者は、人間の側なのだろう。勇者を望むのは、こちらとて同じであるのに」

 アレクは項垂れる。
 共存を声高らかに宣言したならば、魔界で騒乱が起こることは目に見えていた。自分にはそれをまとめ上げるだけの力量が備わっていないことも、解っていた。魔族すら説き伏せられぬのに、人間達を、まして天界人達との和解など夢のまた夢。
 架け橋として、勇者という存在を欲した。
 勇者とは、世界を救うためにあるもの。
 決して、魔王を倒すというわけではない。

 トビィの誕生日当日。
 マドリードの亡骸が届けられ、弟のサイゴンに引き渡された。
 やって来たのはサイゴンの直属の上司でもあるスリザと、親友のアイセル、そして泣き止まないホーチミン。死して尚美しいマドリードを見つめ、トビィは吐き気に襲われた。美しく長い金髪が一部失われている、「激しい攻防だったのだろう」とサイゴンが吐露した。

「相手は誰だ、仇をとる」
「死んだ、相討ちだ」
「何故マドリードが?」
「以前から、確執があった」
「魔界で殺されたって? オレは昨日全く気付けなかった、激しい戦いだったんだろ?」

 トビィが尤もな事を激語すると、ホーチミンがさらに泣き喚く。
 これは、マドリードも想定外だった。目立つようなことを、あの狡猾なビアンカがするわけがない。ビアンカは周辺に防御壁を張り、騒動が露見せぬよう隠していた。どれだけ派手に二人がぶつかり合おうとも、蚊帳の外だった。
 気づけなかった、魔王アレクですらも。
 ビアンカが連れて来ていた男達は、ただの下っ端ではない。多くは、目くらましの術を創り上げる者達だった。故に、大勢あの場に居た。

「そこまでしてマドリードを妬む理由がオレには解らない」

 声を尖らせるトビィに、サイゴンは肩を落とす。
 トビィは哀しみに臥せると同時に、突き動かされるような憎悪で満ちた。育ての親が死んだ時ですら、こんな情は湧かなかった。胸を覆い尽くす不愉快な感情に、頭痛がする。
 親しい者だけで、密やかにマドリードの葬儀は行われた。
 こんなことさえなければ、特に心に残らない誕生日を迎えたであろうに、トビィは十六歳を迎えた。
 母であり、姉であり、恋人であり……美しく気高き魔族マドリードは、もう戻らない。
 天へ立ち上る黒煙を見上げながら、トビィは呆然と死を受け入れられずに立ち尽くしていた。
 花の香りが宙を舞うと、後ろから抱きしめられた気がした。

『ただいま、トビィ』

 マドリードが、そう囁いた気がした。
 けれども、それは、恐らく幻覚。都合の良い、妄想。

 数日後、サイゴンはアレクの部屋のドアを叩いた。
 緊張し震える身体に鞭を打つと入室し、跪く。姉の真相についてアレクから説明を受けると、遣る瀬無い笑みを浮かべていた。

「そのお役目、姉に代わり是非、俺に」

 決意で燃える瞳をアレクに向けて、そう言い放ったサイゴンは拳を強く握った。目の前の魔王は、今にも消えてしまいそうな程、弱っている。

「いや、これ以上の犠牲は出したくない。この件はもう良いのだ」
「しかし!」
「それよりも、サイゴン。マドリードの残した最後の人間……あの子を護ってくれ」

 引き下がるまいとしたサイゴンだが、切実な声でそう言われ、言葉を詰まらせる。

「お言葉ですが、トビィは護られるような奴ではありません。大人しく傍らにいると思えません、何しろドラゴンナイトの称号を得ました、自由です」

 苦笑いしていたサイゴンだが、再び顔を引き締めると、さらに地面に顔を近づけた。

「姉の意志を、俺に。姉もそれを望んでいる筈です、姉のように優秀ではありません、魔法とは無縁ですが全力で望みます」
「良いのだサイゴン、忘れてくれ。そもそも、こちらが謝らねばならないというのに」

 アレクの顔に、陰り。秀逸な芸術品のような優美な横顔が、子供のように泣いている。窓の外から見下ろしたその先に、自分が統治している魔界が広がっている。人間らがそれぞれの生活を護る様に、魔王もまた、魔族らを護らねばならない。
 今、他惑星から来た魔王が三人滞在していた。無碍に断り侵略を始められては困ると、様子を窺っているが、三人とも食えない人物達だ。
 時間が、ない。

「勇者を。勇者を捜して会わなければ。会って話を聞いてもらわねば」

 魔王アレクはそう零した。
 勇者は、何故人間達が所持している石に反応され、選ばれるのだろう。
 何故、それは魔界に存在しないのだろう。
 アレクは頭を抱えて、非力な自分を責めた。

「共存を魔王が願うなど、愚かな事なのだろうか。しかし、一体、誰がどのようにして我らを魔族としたのだろう」

 数週間後、マドリードの死を未だに振り切れなかったトビィは旅に出る事にした。この家に居ては、思い出にすがったままになりそうだった。
 また、ドラゴンナイトの称号を得たものの、やはり人間が隊長に任命されるわけもなく。結局、魔界に居ようとも生活は変わらないのならば、居ても居なくても同じ事。
 竜三体が共に一緒なのでサイゴンも安堵していたが、どうにも胸騒ぎがする。脳の奥で軋む何かが啓発している。実力もあるので、心配は無用のはずだが、トビィを見送る際に引き止めたくなった。
 トビィが旅立って暫く経過したが、サイゴンは不安で仕事も手につかない状態となった。最初はからかっていたホーチミンだが、いつしか励ますようになっていた。流石に、心配性では片づけられない。

「引き止めるべきだった」

 サイゴンは常に項垂れ、そう零している。

 それは、トビィが魔界を出て二ヶ月程。
 食料調達の為、竜三体を置いて森林へ入った時であった。
 その時に、三体の竜がトビィを止めた。胸騒ぎがして、「そこへは行ってはならない」と必死に告げた。
 しかし、軽く笑ってトビィは離れて行ったのだ。竜の哀しげな鳴声が、トビィにも届いた。「何をそんなに警戒しているのか」と進む森の中、出てきた人物に深い溜息を吐くと、迷うことなく剣を抜く。

「しつこいな、オジロン。その火傷はどうしたんだ。オレを追う暇があれば、もっと精進すればいいだろ」

 呆れ果てて、オジロンにそう告げる。未だにトビィを付け狙っていたのだ、数名の部下と共にトビィを取り囲んでいた。
 森とはいえ、多勢に無勢とはいえ、トビィは負ける気などなかった。瞬時に倒していくのだが、地面に這いつくばっていたオジロンが無造作に投げたものに、視線が釘付けになる。
 金髪。
 見事な金髪が束になって地面に落ちた。
 見た瞬間血が沸騰し、憤然とした面持ちで名を叫ぶ。

「マドリード!」

 冷静なトビィならば、難なく倒せただろう。しかし、その瞬間にトビィはオジロンしか目に入らなかった。緊縛の呪文を唱えた二人の魔術師の手中にはまり、避けそこなったトビィは地面に見えぬ糸で絡め取られる。

「お前には自尊心がないのか!?」

 足元まで来てトビィの顔を踏みつけたオジロンに、怒りを籠めて叫ぶ。

「はっ、自尊心? そんなもん、ないね、わしの求めるものは勝利と名声。貴様に勝てば見事この俺様もドラゴンナイトに昇格だ! わははは、なんだ、少しくらい能力が秀でているからって、ただの……人間のくせに」
「それでドラゴンナイトが務まると思ったら、大間違いだ。そもそも、オレに勝ったところで誰が認めるというのだろう。前から馬鹿だとは思っていたが、治らないほうの馬鹿だったか」
「減らず口を!」

 オジロンを筆頭に動けぬトビィに暴行を加える魔族らの顔は、愉悦で満ちていた。反撃出来ないと解った途端に勢いを増して、魔族達はよってたかって甚振る。
 トビィの言った通り、例えトビィを倒したとしても、ドラゴンナイトの称号を得られる事はない。ただ、オジロンはトビィが目障りだった、自分より秀でている者を目の当たりにして、消したくなっただけだ。優越感を求めるだけの、下卑た者がそこにいた。自身を高めるではなく、他者を落して伸し上げる。そうやって生きて来た。
 命乞いもせず、喚きもせず、トビィは耐えた。
 決して屈しないトビィの強い瞳が気に食わないので、オジロンは顔を何度も強打する。腫れて歪み、それでも光を失わない瞳目掛けて足を振り下ろした。端正な顔が歪んでいく様は、見ていて面白かった。

「綺麗な顔してたのによぉ、散々だな色男さんよ」

 転がっていた剣ブリュンヒルデを気に入り、オジロンは意気揚々と触れた。その瞬間、剣は眩い光を放った。触れているだけで凍傷を起こしそうだったので、慌てて手放すと、一気に周囲に冷気が漂う。

「な、なんでぇ、この剣」

 舌打ちして、忌々しく剣を睨みつける。
 その剣は持ち主を選ぶ。当然である、もとは水竜ジュリエッタの一角。仇のオジロンに触れられれば、反発もするだろう。その美しき剣は、オジロンの手には似つかわしくない。
 その剣は、トビィの為に産まれたもの。
 やがて、トビィの心肺が停止した。
 ブリュンヒルデが使い物にならない、と悟ったオジロンは、つまらなさそうに剣を破壊する。硬度があるので簡単に傷がつけられず、魔法を放っても焦げないその剣だったが、一斉に剣を突き立てると二つに折れた。
 森に、トビィの亡骸。
 森に、ブリュンヒルデが剣ではなくなり、転がった。
 響き渡るオジロンの下卑た笑い声に、森の動物達が逃げ惑う。不気味な掠れ声は、耳障りだ。

「起きて、起きて、トビィお兄様。助けに、来ました。もう大丈夫ですよ」

 月明かりが、トビィを包む。
 デズデモーナの背に乗っていたトビィは、我に返ると月を仰いだ。過去を思い出していた、懐かしい場景だった。
 忌々しそうにオジロンを思い、次に会ったら息の根を止めると誓う。マドリードの、そしてジュリエッタの仇、卑劣な魔族を赦すことはできない。そして、自分への戒め。心が乱れては足元を掬われるを痛感した日だった。たった一度の敗北が、これほど屈辱とは。
 しかし、二度と同じ過ちを繰り返さない。
 背中の剣を抜き放つと、月の光が反射して深い水底の様な色合いを醸し出した。トビィの手にあるのは、無論“ブリュンヒルデ”。傷一つない、美しき剣。

「アサギ、待っていろ。今、助けに行く、あの時オレを助けてくれたように、今度は必ずオレがアサギを助ける」

 紫銀の髪を風に流して、月を背に、麗しのドラゴンナイトは三体の竜と共に魔界を目指す。
 アサギという名の娘を、愛する娘を助ける為に。
 キィィィィ、カトン。
 歯車が、回った。


 ※2020.08.05 しノ様から頂いたトビィを挿入致しました(*´▽`*)
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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