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文字数 9,413文字

 沸いて出てくる仲間達に、トビィは咎める様な一瞥をくれた。
 仲間というので数人だと思いこんでいたが、暗くて全貌は見えないものの結構な人数を感じる。こんなに大勢での旅など、一体何をしているのか。ワラワラと近寄って来た仲間達に目を通すが、年齢も様々であり、どんな集まりなのか把握不能である。

……一体、アサギは何者だ。

 引き攣る口元を懸命に堪え、睨みを利かせて仲間達の顔を見ていくと、不意に視線を止める。先程倒した吸血鬼に似た男が、憮然とこちらを見ていた。

「アサギ、あれは?」

 訝しむトビィの小声にアサギが我に返った、ミノルの事を言っているのだと即座に理解した。慌ててアサギは殺気を放ち始めたトビィを押し止める、あれはミノルだ、先程の吸血鬼ではない。

「えっと、仲間です。あの人が本物で、さっきの吸血鬼はあの人に化けていたのです」
「成程……奴は知り合いに化け、こちらの油断を誘っていたわけか」

 トビィはそう解釈すると納得し、殺気を消す。胸を撫で下ろしたアサギを見つめる。

「で。何故こんな大人数で旅を?」
「気がついたら、こんな人数になっていたのです」

 勇者が六人、仲間が九人、合計十五人。
 集団行動が得意ではないトビィは、顔を顰めて面倒なのでこのままアサギだけつれて逃亡すべきか本気で悩んだ。突破出来ると判断するが、アサギに何か言われそうだったので諦めた。
 肩を窄め観念して一言を放つ、彼なりにかなりの妥協をした。

「強そうな奴がいない、な。アサギが心配だ、このまま同行させてもらう」


 颯爽と周囲を無視し、そのまま洞窟を進む。
 呆気に取られ口を開いたまま立ち尽くす仲間達だが、先頭に居たマダーニに呼び止められた。

「お名前は? 私はマダーニ」
「トビィ。……よろしく」
「よろしくね。貴方、顔は良いけど性格は良くなさそうね」
「初対面でそう言い放つ貴女ほど、悪くはないつもりだが?」

 立ち止まったトビィと対するマダーニは、にっこりと爽やかに笑い合った、腹の内には黒いものが蠢いているが。互いを探る様に、威嚇し合う。
 ライアンだけは軽やかに歓迎の笑みを浮かべ、握手を求めながら近寄った。不穏な空気などものともしない、ある意味幸せな性格である。
 トモハルは、飄々としているライアンに感心し、低く唸った。子供ながらに、二人の間には入ることが出来ない緊迫した空気を察していた為、感服だ。単にライアンは空気が読めない、ともいうのだが。

「俺はライアン。よろしく。見たところ剣士だろうか、俺も一応」
「あんたが一番まともそうだな、よかった。会話が通じる相手がアサギしかいなかったら、どうしようかと」

 アサギは、マダーニとライアンとのやり取りを眺め、ようやくトビィの名を把握する。

 ……そっか、この人の名前はトビィというんだ。

 ようやく名が分かったが、何故トビィが最初からアサギの名を知っていたのかが気になった。アサギは、温かな腕の中で首を傾げる。

 ……そういえば、ずっと名前を呼ばれていた。何故、私の名を知っていたんだろう。何故、呼んでくれていたのだろう。どうして?

「強そうな奴がいないとは、心外ですね。トビィ殿がどれ程の腕前か存じませんが」

 額に青筋を浮かせ、身体を小刻みに震わせながら精一杯感情を押し殺してそう告げるアーサーが仁王立ちになる。彼は賢者だ、滅多に与えられる称号ではない。自分には絶対の自信があったので、トビィの言葉に憤りを感じても仕方がない。
 迷惑そうに見据え「コイツが一番厄介そうだ」と、トビィは深い溜息を吐く。
 二人の間で火花が激突する。火花を通り越し、背後には黒煙立ち上る燃え盛る炎を皆は連想した。その中心で、アリナがひょっこり顔を出す。

「ボクはアリナ、よろしくー! 一度手合わせ願いたいな、腕に自信があるみたいだし」
「申し訳ないが、女との手合わせは苦手だ」
「あぁ、ボクのことは男扱いして貰ったほうが助かるかな。色々と」

 言うなりアサギの頬に口付けるアリナは、女だからと気を抜いていたトビィを見上げて挑戦的に笑う。「こういうこと」と、唇を小さく動かし、アリナはアサギの髪を撫でる。
 喉の奥で笑い不敵に笑い返したトビィは、そっとアリナの手を避けるように離れた。「これまた、敵が多いことで」と小さく呟くトビィだが、特に敵視するつもりはない。この中では、全く負ける気はしない。

「ジェノヴァに行くんだろ? 早くしろ」

 洞窟の出口手前で踵を返し、軽く振り返ってそう投げかける。
 一人「行くぞー」と楽しそうに叫んだライアンに、仲間達は渋々同意する。現時点でライアンが進行役兼指導者だ、抗う事など出来ない。
 物凄く気に喰わない男が仲間に加わった……と、一部の仲間は頭を抱える。これで口先だけの脆弱男であれば良いのだが、と願わずにはいられない。不謹慎だが、魔物に遭遇して力量を見極めたい衝動に駆られる。
 けれども、アサギは嬉しかった。とても強そうで、頼りがいがあるというだけではない。共にいなければならない気がするのだ。
 それはさておき、一向に下ろしてくれないトビィに、アサギは顔を赤らめて恥ずかしそうに身じろぎした。

「あの、そろそろ自分で歩きます」
「無理はしないほうが良い、もう少しだけこのままで」
「はぁ……い」

 穏やかに微笑む絶対的なトビィの口調に、アサギは恐縮して返事をした。
 全員が洞窟を出たところで、馬の体調管理をしつつ馬車に乗り込む。再び馬車中で、魔法教育が始まった。
 アサギの隣を離れようとしないトビィを嫉妬の視線が幾つも襲うのだが、本人はお構いなしである。
 アーサーとアリナが馬車操作を担当し、ようやく解放されたライアンが軽い伸びをして馬車の中へと戻ってきた。同じ剣士として気になるのか、トビィの隣に座り込むと傍らの剣を指差す。

「その剣、凄いな。見せて頂いても良いだろうか」
「あぁ、どうぞ」

 トビィはライアンに剣を躊躇することなく手渡した。
 ライアンは会釈をし、「有難う」と恭しく受け取ると、繁々とそれを眺める。瞳を細め、丁重に鞘から抜くと感嘆の溜息を零した。

「これは……一体」
「水竜の一本角から出来ている、世界で一振りしか存在しない剣だ。ブリュンヒルデ、という」
「水竜!? 違和感の正体はそれか……。ありがとう、一度手合わせ願いたいね」

 どういった経緯でそれがトビィの手に渡ったのか気になったが、立ち入ることは遠慮した。話題を変更するように、トビィがライアンの剣へと視線を移す。

「その紋章は、何処の国だったか」
「あぁ、俺は元ジョリロシャの騎士だった。剣だけは脱退した今も愛用しているよ、慣れているからな。本当は返さないと拙いが、昔のよしみで渋々了承してもらったんだ。消そうともしたが、そのほうが逆に怪しくなりそうだったんでね、止めた」

 屈託なく笑ってそう説明する。剣士同士の会話を楽しみつつ、ライアンはトビィに耳打ちした。他には聞こえないように、そっと。

「一つ訊きたい、あの剣はどう思う?」
「あの剣?」

 トビィは、神妙な顔つきのライアンの視線を軽く追った。終着点では、トモハルがブジャタと魔法の勉強中だ。無言で頷くライアンに首を傾げ、トモハルの傍らの剣を見つめる。しかし、直様ライアンに耳打ちを返した。

「別に? あれが何か」
「……あれは伝説の勇者の剣であるセントガーディアン、らしいんだが」
「あれが? まさか。何も感じない」
「……だよな」

 勇者の剣自体には特に興味がなかったトビィだが、それよりも気がかりなことがあった。

「というか、待て。何故勇者の剣がここに? それを所持しているということは、まさか」
「知らないのか、この子達は勇者なんだ」
「“この子達”? ……アサギも、なのか?」
「そう。あの子が一番剣技にも魔法にも、飛びぬけて優れた才能を発揮している。アサギがクレオの勇者の片割れだ」

 絶句するトビィは、記憶の中のアサギを思い出す。勇者と言うよりは、どこぞの貴族の娘にも思える雰囲気だった。穏やかに微笑み、献身的に世話をしてくれていた見事な程に“緑の髪”をしたアサギ。

 ……勇者、だって?

 にわかに信じ難いが、唖然とアサギを見つめる。勇者だとしたら、尚更傍で護らなければいけない。

「それで旅をしていたのか。となると、あの場所は一体何処だったんだ?」

 低く唸るトビィが何を言っているのか分からないライアンは、続ける。

「ともかく、神聖城クリストヴァルであれを受け取った。が、どうにも気に入らないんだよ」
「偽者、か」
「有り得る、俺一人の感覚なら間違いかと思っていたが、トビィ君もそう思うのなら」
「何れにせよ、オレは伝説の剣について詳しくはないが。あれではそこらに売っている高値の張る剣と大差ない」

 二人してトモハルの剣を再度見つめた、そんな様子に気がつかないままトモハルは懸命に魔法を習得しようとしている。知らぬが仏、だ。
 洞窟を出てからジェノヴァまでは約三日、そろそろ夕刻である。
 暗闇が辺りを覆い隠すが、松明で辺りを照らし進んだ。無理をしてでも、今日中に辿り着きたい場所がライアンにはあったのだ。

「身体を清める温泉場があるんだよ」

 温泉、と聞いて勇者達は盛大に喜んだ。
 月が照らす森の中を馬車が駆け抜けると、やがて立ち上る煙が見え始めた。硫黄の香りだ、勇者達は嬉々として馬車から顔を覗かせる。着いた先は旅人用に設備されている簡易の休憩所である。脱衣所もあれば焚き火を起こした形跡もある、いわばキャンプ場の様な雰囲気だった。
 一目散に馬車から降り、一斉に伸びをする。
 そうして急いで夕食の支度に取り掛かった。薪を広い集め、火を起こす。街まであと数日の為、食材をほとんど使い切る勢いで、鍋に投げ込んだ。
 簡易な畑もあり、トマトとズッキーニらしきものが元気に熟れている。動物に食べられたような形跡もあるが、無事なものもあるのでありがたく頂戴した。豪快にニンニクを使って、トマトとズッキーニに干し肉で塩味をきかせた、パスタのようなものをライアンが作ってくれた。
 作られる工程を見ているだけで涎が垂れた、勇者達は挙ってそれを平らげる。始終無言であった為、些か不安だったライアンだが、勇者達は食べ終えた瞬間に歓声を上げた。「うーまーいーぞー!」と。
 なんという美味、涙が出そうなくらい、旨い。素材を引き出しただけの味付けだが、野菜が甘くて素晴らしい。
 食後は紅茶が出てきた、こうしていると本当にキャンプにでも来たようである。暫し、勇者達は戦闘を忘れた。心も身体も休息出来る。
 しかし、のんびりもしていられない。周囲は暗いので早めに温泉に入るべく、先に女性陣が出向く。
 しかし、女性は長風呂だ。「なるべく早めに出てきてくれ、後がつっかえている」とライアンに忠告されていたにも関わらず、そんな言葉には耳を貸すことなく堪能する。女性陣が温泉に浸かっている間、男性陣はライアンを筆頭に今後の作戦会議を始めた。

「三日後ジェノヴァ到着予定。予定通り長旅の支度をし、ピョートルへアサギの武器を取りに出向く。滞在期間は到着時刻にも因るが大体一日、今のうちに皆で買い出し品一覧表を作りたい」

 ライアンとアーサー、それにブジャタで薬草や食材の会話が始まった。地図を広げ、途中に立ち寄る街を調べる。それまでの期間を検討し、買い揃えるつもりだ。
 会話に加わることなく、夜空を一人離れた場所で見上げていたトビィは不意に剣を引き抜いた。次いでアーサーとライアンが顔を上げる。

「構えろ。来る」

 唖然としている勇者達に吐き捨てるように投げかけたトビィは、温泉の方向を見やり、そちらには存在を確認できなかったので安堵の溜息を吐く。
 盛大に音を立てて、森の中から雄たけびも上げずに、小柄な二本足の生物が突進してきた。

「こ、今度はなんだよっ」

 慌てて剣を構える勇者達は、二足歩行の魔物に悲鳴を上げた。

「ゴブリンですね。狡賢く、岩山の洞窟などに住まう種族です。夜行性ですが、特殊な攻撃法はありませんので比較的戦い易いと思いますよ」

 淡々と説明するクラフトの声を聞きながら、勇者達は喉を鳴らす。闇の中で光る黄色い瞳の、自分達の腰ほどの背丈のゴブリンを緊張した面持ちで睨み付ける。
 ゴブリンといえば、RPGでは下級の敵である。勇者達は多少安堵した、暗くて良く見えないが、とりあえず黄色い瞳を狙えば良いだろう。
 あぁ、日本だったら夜でも光に溢れているのに、と嘆いたところでどうにもならない。

「魔法は使用してきません、魔法の耐久性もありません。ただ、集団で動く可能性があります」

 言うが早いか黄色い瞳が蛍の様に増え始めた、流石に闇夜にこれだけの数が押し寄せてくると恐怖を覚えずにはいられない。案の定、勇者達は布を裂くような悲鳴を上げた。
 その情けない様子に、トビィはライアンに怒気を含んで訊ねた。

「本当に勇者なのか?」
「未だ戦闘に不慣れだ、守護しながら憶えさせる予定なんだよ。そもそも戦闘回数がこれで四度目だ」
「は? 今まで何処で何をやっていたんだ!?」
「……異界の子供らだからね、剣など触れたこともないそうだ」

 話は後回しにし、舌打ちしたトビィは先制攻撃に出た。来るのを待つのは、性に合わない。素早く剣を振ると、数匹を吹き飛ばす。
 先陣を切ったトビィ以外は、勇者達の隣に一人ずつ立ち、構えた。極力援護に回り、勇者を戦闘に慣れさせるつもりだ。

「甘い、な」

 呟き、勇者育成になんぞ構っていられなかったトビィは、一掃すべく一人で突き進む。この道を突破されなければ、温泉へは行くことは出来ない。ここさえ守護すれば、アサギは安全だった。ただ、それだけのこと。近くにいられないのであれば、極力危険要因を排除する。
 闇夜に、冷気を漂わせる剣が白く発光しながら浮かび上がった。飛ぶように動く剣先に、皆の心は感動で心が湧く。大口を叩いていただけのことはある、勇者らが見ても、それは凄まじい剣技だった。あのようになりたい、とも思える程だった。

「ここまでとは、驚きだ。ここまでの使い手、そうそういないぞ」

 ライアンすらも顔が緩んで、見惚れてしまう程である。剣の師が相当な腕前だろう、そして飲み込みもよかったのだろう。
 しかし、トビィ一人に任せるわけにはいかない。魔法を使える者は極力火の呪文で応戦し、辺りを明るくしながら戦い続ける。だが、思いの他沸いて出てくるゴブリンに、トビィは顔を顰めた。幾らなんでも数が多すぎた、別に疲労もない、負ける気もないが妙だと直感が働く。そもそも火炎の魔法で威嚇しているにも関わらず、臆することなく突進してくるゴブリンなど、トビィは知らなかった。

「気に喰わない」

 小さく零す、まるで力量を遠くで誰かが測っているようだ。トビィは視線をゴブリンから他へと移した。他に気配はないかと探る。
 森へは侵入しない程度で切り込んでいくトビィに、背後からアサギの声が届く。

「加勢しますっ」

 温泉から戻ってきた、トビィの隣まで駆け寄ってきたアサギは剣を軽やかに振るった。確かにまだぎこちない、が、磨けば相当なものになるだろう、軽く笑うとトビィはアサギの肩を引き寄せる。

「無理はするな、だがオレの後についておいで」
「はいっ」
「良い返事だ」

 元気の良い返事に「ただ護ってもらうだけではなさそうな子だ」と、少し残念そうに肩を竦める。
 アサギを気遣いながら、トビィは剣を舞わせた。徹底的して援護に入る。先程とは大違いなトビィの態度である、見ていたライアンは不謹慎だが思わず吹き出した。

「敵の動きを読めば、自分がどう剣先を変えればよいかが解る。動きの法則を見破れ」
「はいっ」
「背後に気をつけろ、正面以上に気を許すな。二人居るならば背を預けるのが一番だ」
「はいっ」
「魔法は発動に時間を要する、剣に頼れ、魔法は万が一だ。間合いを見極めて唱えろ」
「はいっ」

 アサギにゴブリンを任せつつ、トビィは様子を伺った。木の上に妙な気配を感じ、月明かりに照らされていた“モノ”を見つめる。
 巨大な鳥が一羽、木の天辺に停まっていた。真紅の瞳をぎょろつかせ、じっとこちらを見つめている。こちらを監視しているようにしか見えない、トビィは喉の奥で不敵に笑う。
 けれども、ここからでは距離が遠すぎる。弓矢か魔法で射程に入るか入らないか、だ。
 見渡してトビィはアサギに次いで駆けつけてきた女性陣に、弓矢を所持している者がいないかを探す。丁度、ミシアが手にしてゴブリンに放っていた。一か八かやってみることにしたので、アサギを連れてミシアの近くへと移動する。

「おい」
「え?」

 急に呼ばれ、驚いて硬直したミシアは、顎で指図され木の上の鳥を視線に入れた。

「あれに弓を放て。届くか?」
「無理だと思います。けれど、一度やってみます」
「そうしてくれ」

 緊張した面持ちでミシアはゆっくりと標準を鳥へと合わせ、精一杯力を込めて引く。腕が震える、この射程では狙ったことがない。
 ヒュン、と小気味良い風を射る音がする、弓矢は高く木の上を目指した。
 が、やはり標的には到達出来なかった、ミシアは悔しそうに弓矢を再度放つ。だが、二本目の矢も届かない。
 トビィは軽く溜息を吐きつつ、鳥を睨み付けた。
 鳥は。
 一際耳障りな啼き声を発すると、そのまま翼を広げて浮かび上がる。
 チチチチチ、と雀の様な啼き声だがもっと低く、愛らしさの欠片もない。

「アサギ、あれまで魔法は届くか?」
「やってみますっ」

 翼だけが妙に大きな奇怪な鳥だ。血走った真紅の瞳、月夜に浮かぶその姿は黄金。蛇のように長い尻尾がついており、羽音が亡者の嘆きを連想させる。

「天より来たれ、我の手中に。その裁きの雷で、我の敵を貫きたまえっ」

 唱える事が出来る魔法で、最も遠くまで届きそうなものを選択して唱えたアサギ。一筋の雷が、その鳥を貫く。明るい笑顔を見せたが、ブジャタが舌打ちすると叫んだ。

「アレには雷系統が効きませんぞっ! タモトスズメ、他の魔物を呼び寄せる魔物ですじゃ!」

 チチチチチチチ、と、攻撃を喰らったため更に啼き喚くタモトスズメに、ゴブリンは増加する。勇者達は再び盛大な悲鳴を上げた。

「そういうことかっ!」

 舌打ちしてトビィは、闇から湧き出るようなゴブリンに暇なく攻撃を与える。森の番人、監視役といったところだろうか。あの鳥がここへゴブリンを呼び込んでいるのだろう、これでは埒があかない。

「こうなると、クレシダ達が必要だな……」

 呟くトビィだが、生憎“クレシダ達”はいない。ゴブリンの研ぎ澄まされた爪の攻撃を必死に受け止めていたアサギを抱え、トビィは一旦後方へ下がった。
 仲間達は魔法でゴブリンを蹴散らしてはいる、しかし、あのタモトスズメの声を止めたほうが早い。
 魔法を得意とする仲間が横一列に並ぶ、迫り来るゴブリンを前に、一斉に強力な魔法を発動した。アーサー、マダーニ、ムーン、ブジャタを筆頭に、勇者達も確実に発動する魔法を唱えた。
 その隙にトビィはミシアから弓を強引に借りると、タモトスズメ目掛けて矢を放った。ミシアの力では無理でも、トビィの力ならば届く可能性があった為である。
 矢はタモトスズメを射抜きはしなかったが、それでも羽を翳めた。想定外だったのか、羽を不器用にバタつかせて落下してくる。
 弓矢をミシアにつき返すと、トビィは落下の時間差を計算し、近場の岩に駆け上りそこから跳躍した。

「悪く思うな」

 計算通り落下してきたタモトスズメを睨み据え、剣で真っ二つに斬り裂く。確実に剣は胴体を捕らえた、チチチチチ……と声が聴こえるが、それは別の場所から遠ざかっていくもう一羽のタモトスズメのものだ。
 その声と同時に生き残りのゴブリンは戦意を喪失し、森の中へと慌てふためき戻っていく。
 終息だ。トビィは軽々と地面に着地し、何事もなかったかのようにアサギに近寄る。

「想像以上に強いな、トビィ君」
「これくらいは、当然」

 ライアンが拍手し近寄ってきたので、軽く苦笑した。

「動きが速い、剣の腕前も類を見ない、弓も的確……そして状況判断に優れている。よくアサギを護りながらの状況下で、別の魔物に気づいたなぁ」
「お褒めの言葉、どーも」

 心底ライアンは感服し、賞賛した。

「何処かにもう一羽居た様だな、最後に啼いて何処かへ行った」
「敵意を喪失したならばそれで良いさ。それにしても、ここも結界が崩れているようだな、一般人はとても先へ進めないだろう。おかしいなぁ」
「いや、正確には崩されていないかもしれない、ここから先へはゴブリンが来ていないから」

 言うなりトビィは木の棒を拾い上げると、地面に線を引く。
 攻防戦を繰り広げていた位置より先には、阻まれるようにゴブリン達は近づいていない。「成程ね」と、大きく頷くライアン。この状況下でそこまで把握出来ていたことを知り、激励する。
 簡素な結界を念の為四方に張り巡らせると、男性陣が万が一に備えて交代で温泉に浸かり、その場で睡眠をとることにした。一応交代で見張りをつけたが、朝まで何も来襲しなかった。
 夜が、明ける。

 アサギは早朝、スカートのポケットに偶然入っていた小さな手帳を取り出した。雑誌の付録だったもので、稀に持ち歩いていた。ペンは生憎なかったので、爪で印をつけている。日付の把握をしているのだった、几帳面なアサギらしい行動である。
 手帳の存在に気がついた勇者達が代わる代わる覗き込み、六人同時にあることに気づいて悲痛な声を上げる。

「夏休みっ! 夏休みまでには帰らないとっ」

 忘れていたが、このままでは夏休みに突入してしまう。迫りくる日付に、皆で青褪めた。
 時間の流れが同じとは考えにくい……というよりも「きっと地球では時が止まっているだろうから大丈夫」と、乾いた笑い声を出す勇者達。

「これで時が止まってなかったら、俺達行方不明の捜索願い出されてるよ」

 笑い転げて語るトモハルだが、地球では実際そうなっていた。……ということを、勇者達は知らない、知るはずもなかった。
 地球日付、現在七月一日。アサギの手帳に、爪の印が増えていく。
 明るい早朝に、景色は遠くまで透き通って見えた。青空が広がり、真っ白な雲がふんわりと浮かんでいる快晴だ。

「お、城が観えたぞー」

 馬車を操作していたライアンが嬉々として叫ぶ、こぞって歓声を上げると勇者達が馬車から顔を出した。

「お城だ! かっこいいね!」
「きゃー、おっきいーっ」

 アサギとユキが興奮気味に手を叩いて喜んだ、他の勇者達も感嘆の声を漏らしている。遠くからでもはっきりと解る巨大さ、その威圧感に声を張り上げる。
 目前に迫る最初の城、ジェノヴァ。

「巨大な公園が中心に有り、そこが憩いの場になっている。飲食店が盛んで公園を中心にぐるりと店が立ち並ぶから、一日いても飽きないぞ。金は無くなるけどな、はは。港街でも有るから、旅人も多く滞在する。商業で一攫千金を狙う人々が、こぞって集まる場所だ。国も安定しており、当然王も好かれている、理想的な場所だな」
「そうね、世界一盛んな大都市よね。朝まで経営している酒場でしょ、劇場に闘技場、遊技場、物珍しいものが多々あって面白いわよ」

 胸が躍る、勇者達は魔法の習得を暫し放棄し、馬車から城を眺めていた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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