神が遣わしたもの
文字数 2,644文字
一時であれ離脱することを悩んだものの、調査はデズデモーナと仲間たちに任せてある。
「さぁて、何が出てくるか」
純白の建造物を見上げ、皮肉めいて嗤う。
ここは、地球から来た勇者らが最初に到着した場所。始まりの地が、謎多き場所になるとは。
トビィは話を聞いただけで、実際見たわけではない。
『その石の出生を、私も知らない。人間たちの間で『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』とされていたが、驚いたよ』
クレロの言葉が甦る。
トビィはマダーニらに再度確認したが、『石はクリストヴァルで預かった』という。惑星ハンニヴァル及び惑星チュザーレも、勇者の石として保管されていたと。
だが、惑星ネロからの使者が不在というのに、その石が存在した時点で妙だ。
人型のクレシダと、人で賑わう道を足早に歩く。
魔王が消え、世界に平和は戻った。だが、神に祈りを乞う者たちは減ることがない。
「人間たちが祈る神とは、クレロ神ですよね」
淡々と告げるクレシダに、トビィはややあって頷く。
「彼が何をしてくれるというのでしょうね」
「何もしない、いや、出来ない。それでも人は何かに縋る。“弱い”から」
「いやはや、本当に不思議な生物です」
神官長に目通りを依頼し、許可が出るまで行き交う人々を一瞥する。
クレシダは細かに観察しており、開口し疑問をぶつける。
「主。……祈ったところで無駄だと、教えないのですか」
「するわけないだろう、面倒な」
「しかし、巡礼者は遠くから来るものでは? 往復の時間があれば様々なことが出来そうです」
「……正論だな」
溜息を吐いたトビィは、仏頂面のクレシダに肩を竦める。購入した“浄めの水”とやらを飲み、一息つく。
「なかなか美味な水ですね」
「そうか?」
「はい。非常に爽やか、しかし仄かな甘み。好みです」
「へぇ」
常に水を飲んでいるクレシダだが、相当気に入ったらしく瞳を輝かせている。人型の時に嬉しそうな姿を見るのは初めてだったので、トビィは愉快に思った。
暫くして、ようやく神官長との面会が叶った。その時には、クレシダは随分とくたびれて地面に座り込んでいた。
「お待たせいたしました。私は神官長ザイールと申します。トビィ殿と御供のクレシダ殿ですね」
ザイールは、六十近いように見える男だった。しかし、声には張りがあり、毛は黒々として艶やかだ。
個室に通され、密室での会話だった。
「時間が惜しいので単刀直入に尋ねる。勇者の石について知っていることを全て話して欲しい」
包み隠さず告げると、ザイールは瞳を細め軽く頷いた。
その、何処か芝居がかった様子に、トビィの視線が鋭さを増す。
「そう殺気を漲らせなくとも、お話しますよ。石は、クリストヴァルに伝わっていたものです。神から受け取ったと記述がございます」
「なるほど、
一瞬、ピリリとした空気が室内に立ち込めた。
「存じません」
柔らかな笑みを浮かべたザイールは、目尻を吊り上げたトビィを片手で制する。
「ですが、包み隠さず話しております。トビィ殿が仰る神は、石を知らない。……しかし、わたくしどもには神から伝わったという記録がある。どちらも正しいのであれば」
そこまで言われ、トビィは我に返った。
ザイールが静かに頷く。
「つまり、神は二人いる、ということではないかと」
「詳細はないのか。どういった容姿の者が、どのように石を渡した、など」
押し殺したような二人を一瞥しつつ、クレシダが大きな欠伸をする。
「“神は、威厳ある光であった”と。容姿は記載されておりません。クリストヴァルは、神が降臨したと噂が広まったことで栄えたと」
この部分だけ聞くと、石は誰かがでっちあげた物に思える。それこそ、この土地を発展させたかった者の作り話。しかし、石は確かに勇者を連れてきた。役目を果たしているので本物だ。
「惑星クレオの神はクレロ。惑星チュザーレやハンニヴァルの神はエアリー。トビィ殿が仰る神は、クレロ神ですね」
「あぁ、そうだ」
「ですので、わたくしとしては、石は“エアリー神”が遣わしたものではと推測しております」
「別惑星の神が、わざわざ勇者の石を預けに来たと? 寛大な神がいたもんだ」
肩をすくめるトビィを見つめ、ザイールは深く頷く。
「神の戯れか。それとも、御慈悲か。……分かる事は一つだけ、『人間に神の心は分からない』」
上手くまとめられたような、はぐらかされたような。トビィは前髪をかき上げ、舌打ちする。
「参考になった、感謝する」
「いえ、お役に立てず申し訳ありませんでした」
収穫があったような、振りだしに戻ったような。トビィは陰鬱な気持ちのまま立ち上がり、深く頭を下げる。
「一つ。……関係ないかもしれませんが、勇者様方が訪れてから巫女らが噂していてことがありました」
怪訝に顔を上げたトビィに、ザイールは真顔で開口する。
「惑星は四つ、しかし、勇者は六人。……二人が殉職するのではないかと。いえ、神に使える身でありながら、そのようなことを噂してはならぬと言い聞かせましたが」
「気にするな、彼らは生きている。それどころか、一人増えた」
「……増えた?」
訝るザイールに、トビィは薄く微笑む。
「あぁ、気にするな。これは神官長に関係なき事。では、失礼」
部屋を出るトビィを見て、慌ててクレシダが立ち上がる。呆けていたザイールに小さく頭を下げ、後を追った。
「……なんだろう、胸のあたりが気持ち悪い」
駆け寄ってきたクレシダを見て、トビィが呟く。
「今のは、怪しい人間ですか」
「嘘は言っていないように思える。だが……」
クレシダは、身体にまとわりつくような視線が気になり、周囲を見やった。巫女らがこちらを見て、何かを話している。
「無視しろ、クレシダ。今後もよくあるだろう、じきに慣れる」
「何故、あぁも見てくるのですか。だが、目が合うと逸らされる」
「簡単に言うと、交尾したいとせがまれているようなもの」
「ほぉ。つまり、人間の雌は常に発情期と?」
「うーん……」
トビィもクレシダも、異性を引き付ける魅力的な容姿をしている。その説明を竜にするのは難しい。
苦笑したトビィは、真っ直ぐな瞳で向かってきた巫女を見つけ脚を止める。だが、彼女はにっこりと微笑み腰を深く折っただけだった。何か話があるのかと思えば、そうでもない。
こちらも頭を下げ、通り過ぎた。