神が遣わしたもの

文字数 2,644文字

 翌日、トビィは神聖城クリストヴァルへ来ていた。
 一時であれ離脱することを悩んだものの、調査はデズデモーナと仲間たちに任せてある。

「さぁて、何が出てくるか」

 純白の建造物を見上げ、皮肉めいて嗤う。
 ここは、地球から来た勇者らが最初に到着した場所。始まりの地が、謎多き場所になるとは。
 トビィは話を聞いただけで、実際見たわけではない。

『その石の出生を、私も知らない。人間たちの間で『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』とされていたが、驚いたよ』

 クレロの言葉が甦る。
 トビィはマダーニらに再度確認したが、『石はクリストヴァルで預かった』という。惑星ハンニヴァル及び惑星チュザーレも、勇者の石として保管されていたと。
 だが、惑星ネロからの使者が不在というのに、その石が存在した時点で妙だ。
 人型のクレシダと、人で賑わう道を足早に歩く。
 魔王が消え、世界に平和は戻った。だが、神に祈りを乞う者たちは減ることがない。

「人間たちが祈る神とは、クレロ神ですよね」

 淡々と告げるクレシダに、トビィはややあって頷く。

「彼が何をしてくれるというのでしょうね」
「何もしない、いや、出来ない。それでも人は何かに縋る。“弱い”から」
「いやはや、本当に不思議な生物です」

 神官長に目通りを依頼し、許可が出るまで行き交う人々を一瞥する。
 クレシダは細かに観察しており、開口し疑問をぶつける。

「主。……祈ったところで無駄だと、教えないのですか」
「するわけないだろう、面倒な」
「しかし、巡礼者は遠くから来るものでは? 往復の時間があれば様々なことが出来そうです」
「……正論だな」

 溜息を吐いたトビィは、仏頂面のクレシダに肩を竦める。購入した“浄めの水”とやらを飲み、一息つく。

「なかなか美味な水ですね」
「そうか?」
「はい。非常に爽やか、しかし仄かな甘み。好みです」
「へぇ」

 常に水を飲んでいるクレシダだが、相当気に入ったらしく瞳を輝かせている。人型の時に嬉しそうな姿を見るのは初めてだったので、トビィは愉快に思った。
 暫くして、ようやく神官長との面会が叶った。その時には、クレシダは随分とくたびれて地面に座り込んでいた。

「お待たせいたしました。私は神官長ザイールと申します。トビィ殿と御供のクレシダ殿ですね」

 ザイールは、六十近いように見える男だった。しかし、声には張りがあり、毛は黒々として艶やかだ。
 個室に通され、密室での会話だった。

「時間が惜しいので単刀直入に尋ねる。勇者の石について知っていることを全て話して欲しい」

 包み隠さず告げると、ザイールは瞳を細め軽く頷いた。
 その、何処か芝居がかった様子に、トビィの視線が鋭さを増す。

「そう殺気を漲らせなくとも、お話しますよ。石は、クリストヴァルに伝わっていたものです。神から受け取ったと記述がございます」
「なるほど、()()()が『知らない』と言っているが、どういうことか分かるか?」

 一瞬、ピリリとした空気が室内に立ち込めた。

「存じません」

 柔らかな笑みを浮かべたザイールは、目尻を吊り上げたトビィを片手で制する。

「ですが、包み隠さず話しております。トビィ殿が仰る神は、石を知らない。……しかし、わたくしどもには神から伝わったという記録がある。どちらも正しいのであれば」

 そこまで言われ、トビィは我に返った。
 ザイールが静かに頷く。

「つまり、神は二人いる、ということではないかと」
「詳細はないのか。どういった容姿の者が、どのように石を渡した、など」

 押し殺したような二人を一瞥しつつ、クレシダが大きな欠伸をする。

「“神は、威厳ある光であった”と。容姿は記載されておりません。クリストヴァルは、神が降臨したと噂が広まったことで栄えたと」

 この部分だけ聞くと、石は誰かがでっちあげた物に思える。それこそ、この土地を発展させたかった者の作り話。しかし、石は確かに勇者を連れてきた。役目を果たしているので本物だ。

「惑星クレオの神はクレロ。惑星チュザーレやハンニヴァルの神はエアリー。トビィ殿が仰る神は、クレロ神ですね」
「あぁ、そうだ」
「ですので、わたくしとしては、石は“エアリー神”が遣わしたものではと推測しております」
「別惑星の神が、わざわざ勇者の石を預けに来たと? 寛大な神がいたもんだ」

 肩をすくめるトビィを見つめ、ザイールは深く頷く。

「神の戯れか。それとも、御慈悲か。……分かる事は一つだけ、『人間に神の心は分からない』」

 上手くまとめられたような、はぐらかされたような。トビィは前髪をかき上げ、舌打ちする。

「参考になった、感謝する」
「いえ、お役に立てず申し訳ありませんでした」

 収穫があったような、振りだしに戻ったような。トビィは陰鬱な気持ちのまま立ち上がり、深く頭を下げる。

「一つ。……関係ないかもしれませんが、勇者様方が訪れてから巫女らが噂していてことがありました」

 怪訝に顔を上げたトビィに、ザイールは真顔で開口する。

「惑星は四つ、しかし、勇者は六人。……二人が殉職するのではないかと。いえ、神に使える身でありながら、そのようなことを噂してはならぬと言い聞かせましたが」
「気にするな、彼らは生きている。それどころか、一人増えた」
「……増えた?」

 訝るザイールに、トビィは薄く微笑む。

「あぁ、気にするな。これは神官長に関係なき事。では、失礼」

 部屋を出るトビィを見て、慌ててクレシダが立ち上がる。呆けていたザイールに小さく頭を下げ、後を追った。

「……なんだろう、胸のあたりが気持ち悪い」

 駆け寄ってきたクレシダを見て、トビィが呟く。

「今のは、怪しい人間ですか」
「嘘は言っていないように思える。だが……」

 クレシダは、身体にまとわりつくような視線が気になり、周囲を見やった。巫女らがこちらを見て、何かを話している。

「無視しろ、クレシダ。今後もよくあるだろう、じきに慣れる」
「何故、あぁも見てくるのですか。だが、目が合うと逸らされる」
「簡単に言うと、交尾したいとせがまれているようなもの」
「ほぉ。つまり、人間の雌は常に発情期と?」
「うーん……」
 
 トビィもクレシダも、異性を引き付ける魅力的な容姿をしている。その説明を竜にするのは難しい。
 苦笑したトビィは、真っ直ぐな瞳で向かってきた巫女を見つけ脚を止める。だが、彼女はにっこりと微笑み腰を深く折っただけだった。何か話があるのかと思えば、そうでもない。
 こちらも頭を下げ、通り過ぎた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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