2022/06/11 ちょっと失礼なセールスレディ

文字数 1,025文字

むかしむかしの事でした。とある一軒の古くて小さな食料品店にいた時の事です。
その小さなお店を一人で切り盛りしているのは、細身の小さなおばあちゃんです。
おばあちゃんだけど元気いっぱい、大きな声でシャキシャキと話します。

するとそのお店に黒っぽいスーツ姿の一人の中年女性がやってきました。
中肉中背の、どこにでもいるようなご婦人です。
そのご婦人は老店主に向かって開口一番こう言いました。
「髪が薄いですね」挨拶もなしにです。
ええ? 突然なに言ってんのこの人は?

「わたし、ウィッグのセールスをしているのですが、おひとついかがでしょう」
おばあちゃんはその言葉を聞いた途端に「いらないいらないっ!」っと邪険にご婦人を追い払います。おばあちゃんの言葉には怒気が含まれています。

そりゃあそうでしょう。店に入ってくるなり「髪が薄い」はないでしょう。
確かにおばあちゃんの髪は高齢のために薄くはなっています。
おばあちゃんだって女性です。本人だって自覚していて内心では気にしているはずです。それを見ず知らずの人間にいきなり面と向かって言われれば誰だってムッとしますよ。

追い出されたご婦人は店の外で、ちょっとうつむいて棒立ちのままたたずんでいます。
どうやらなぜいきなり追い出されたのか分からないような様子です。
見た感じプロのベテランのセールスではなく、素人の初心者みたいに見えます。
もしかすると今までに一度も売った事がなく、この店に来たのが初めてのセールスだったのかもしれません。

このご婦人の髪は普通にふさふさと生えています。だから髪の薄い人の気持ちとか分からないのでしょう。
髪の薄い人は薄い事を気にしています。それをいきなり親しくもない他人が指摘するのはご法度です。怒るに決まっています。ましてや女性に対しては絶対に禁句です。
だから髪が薄いなどとは一言も言わず、薄い髪を隠すためのウィッグではなく、あくまでお洒落、ファッションとしておすすめすれば結果は違っていたのかもしれません。

追い出されて茫然自失な感じの姿のご婦人セールスがちょっと哀れにも思えたので、そんな事をアドバイスっぽく言ってあげたほうが親切かなとも思いましたけれど(ちょっと上から目線)、余計なお世話かもしれないと結局やめました。
その後このご婦人セールスはウィッグを売る事ができたのかちょっと気になります。
失敗を繰り返して経験を積めば上達するはずですけど。(向上心や探求心のない人には無理だと思いますが)

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