2022/04/29 『辰巳出版』という出版社

文字数 1,083文字

まだ本屋さんによく行っていた頃、『辰巳出版』という出版社で出している本を取り寄せてもらった事がある。
どんな本を取り寄せてもらったのかの記憶はないが、自分の事だから多分マニアックな本だったのだろうと思う。

レジのカウンターで若い女性の店員さんに、取り寄せて欲しい本のタイトルが書かれたメモを渡した。
そのメモには自分の手書きの文字で、住所氏名と電話番号、本のタイトルの他に出版社名の『辰巳出版』と書いてあった。
そのメモを見ながら店員のおねーさんが、ボールペンで注文伝票に記入していく。
自分がそのボールペンのペン先を見つめていた時に、あっ! と思った。

「ああ~っ、やっぱりこんな事が起こるんだ~。辰巳出版の編集者が嘆くはずだ~」
店員のおねーさんが伝票に記入した出版社名は『辰巳出版』ではなく『辰己出版』。
『巳』が正解なのだが『己』と書いてしまっている。メモにはちゃんと正確に『巳』って書いてあるんだけどなー。

辰巳出版から出版されていた本のあとがきみたいな所に、書店からの注文書を受け取ると、『辰巳』の『巳』の字が『己』や『已』になっていて、「正確に書いてくれてない事が多くて悲しい」って編集者の嘆きが書かれていた。
やっぱり本当にそんな事があるんだなーと、おねーさんが書いている注文伝票を見てそう思った。
これじゃまた編集者の人が悲しがるなーと思ったけれど、ここでおねーさんに「字が間違ってますよ」なんて指摘したら、おねーさんに恥をかかせてしまう事になるし、困ったなー、どうしたらいいのかなーと、悩む。
見知らぬ編集者を悲しませるべきか、目の前の若いおねーさんに恥をかかせるべきか、悩み苦しみ心の葛藤が巻き起こるっ‼
そうこうしている内に伝票が書き上がり、自分の心の葛藤を知る由もないおねーさんが受け取り票を渡してくれた。

すまないっ! どこか遠くの空の下にいる辰巳出版の見知らぬ編集者よっ! 自分は目の前にいる若いおねーさんに恥をかかせない道を選択してしまったっ‼
なじるならなじってくれっ‼ 怒るなら怒ってくれっ‼
だがっ、だがなっ、きっとあなたなら分かってくれるはずだっ‼
この二択でどちらを選ぶべきかっ、見知らぬ編集者か目の前にいる若いおねーさんかの究極の二択を迫られた場合っ、きっとあなたでもおねーさんを選ぶはずだっ! 自分はそう強く信じているっ‼
あなたの悲しみも理解できるっ! つらいだろう、苦しいだろうっ! だがっ、だが今回だけは我慢してくれっ! 耐え忍んでくれっ‼
こんな、こんな自分を許してほしいーーっ‼

とまあ、おねーさんを選んだ自分は、そのまま家路についたとさ。

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