第9話全員で料亭に向かう、そして料亭の玄関で麗は意外な能力を発揮する。

文字数 1,413文字

古典研究室で対面も終わり、麗は食事に誘われ、付き合うことになった。

全員で井の頭線に乗り込むと高橋麻央。
「予約はしてあるの、吉祥寺の料亭」
「それなら麗君も帰るのに困らないでしょう」

井の頭線の久我山駅から通う麗は頷くしかない。
「はい、それはかまいません、そのまま井の頭線で帰れるので、助かります」

三井芳香も麗に声をかける。
「ところで麗君、料亭とか懐石は経験あるの?」

麗は素直に答える。
「はい、家族では何度か、といっても母の実家のほうで」
麗は、そこまで言って、その後を控えた。
母の実家まで、詮索されても、望ましくない。
今回、ほぼ無理矢理に誘われたのは、麗自身であって、母は無関係と思うし、不用意に「母の実家」などとの言葉を出した自分を情けなく思う。

幸い、それを詮索するような質問はその後、誰からもなかった。

麗は、それで少し気が楽になるし、質問がないのも当然と思う。
「ほぼ初対面の田舎出身の俺が、何度か母親の実家のほうの懐石で食べた経験があると言ったところで、大都会東京の人が、何も気にも留めないないと考えるほうが、妥当だ」
「この大都会東京の懐石料理から比べれば、三井嬢が連想する俺の母の実家近くの懐石など、ただの街の定食屋に過ぎない」

そして、麗は、この時点で決めた。
「何があっても、母の実家が京都の相当古い香料店とは言わない」
「目の前の日向先生、高橋麻央、三井嬢はよくわからないけれど、源氏を研究する学者で、京都に詳しいかもしれない」
「それがばれて、また話の種になると、ますます去りがたく、面倒になる」

麗は結局、その後は何も話さず、また何も声をかけられることもなく、3人の後ろを歩き、古風な料亭の玄関に至った。


女将だろうか、三つ指をして、日向先生にお辞儀をしている。
「日向先生、そして皆様方、お待ちしておりました」
「これから、ご案内をいたします」
「本日も、心を込めさせていただきます」
「どうか、ごゆるりと」

日向先生も、丁寧な言葉。
「今日は、将来有望な若い子たちを連れてきました」
「ここの店で、様々なお勉強をさせていただきたく、存じます」

高橋麻央と三井芳香は、女将と日向先生のやりとりに感じ入っているようで、何も話さない。

麗は、そんなやりとりには、全く興味がない。
「そもそも、今夜で終わる関係だ、ここの店にも今後来ることもない」
「適当に座り、適当に受け答え、そして食事が終われば、サッサと帰るだけだ」

ただ、麗は、この店の玄関に漂う香りだけは、興味をひかれた。
その香りも、すぐに判別できたこともある。
「この吉祥寺で侍従か、京都の家の香料のようだ」
「嫌いな香りではない」
「源氏で言えば、明石の君」

黙っていた高橋麻央と三井芳香が、その香りに反応し始めた。

高橋麻央
「なかなか、気品高い香りですね、名前が浮かばないけれど」
三井芳香もわからないようだ。
「うーん・・・好きなことは好き・・・でも初めて」

その反応を微笑みながら聞いていた日向先生が、突然麗に振り返った。
「麗君なら、わかるかな」

麗は、まさか日向先生が振り返ってまで、自分に聞いてくるとは思わなかった。
本当に驚いたけれど、閉じていた口が、思わず動いてしまった。

「はい、これは侍従の香りで・・・明石の君の・・・」
言い終えて麗は「また余計なことを・・・」本当に後悔した。

すると、日向先生の顔が輝き、高橋麻央と三井芳香は目が点状態。

ただ、女将だけが何かに気がついたかのように、麗を見つめている。
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