第301話様々な思い

文字数 1,433文字

久我山のアパートを出て、井の頭線に乗った時点で、麗は麻友に謝意を伝える。
「麻友さん、ありがとうございます」
「いろんな気配り、手配をしていただいて」
しかし、麻友はまだ感動がおさまらない。
「いえ、奈々子さんの、あんな笑顔はじめて見ました」
「私は、よかれと思ってご提案しただけで」
麗は、車窓から杉並や世田谷の街を見る。
「引っ越しすると、この風景も見なくなるかなあと」
麻友は、話題の変化にホッとする。
「少し寂しいような?」
麗は、軽く頷く。
「これはこれで新鮮だったので」
「大都会といった雰囲気ではなく、普通の人々の家とか街があって」
麻友は、それには納得する。
「確かに、そう思います」
「京都から出てきて、こういう電車に乗ると、気が晴れるような」
麗は、麻友も「京都のしがらみ」から離れることが気楽になるのかと思うけれど、あえて口にはしない。

その麗と麻友は、渋谷から山手線に乗り換え、目黒で別れることになる。
それは麻友が品川から新幹線で京都に帰るため。
麗は目黒の手前で、麻友に再び謝意を伝える。
「本当に遠路、ありがとうございました」
麻友は、やはり寂しそうな顔。
「来年度に麗様の大学への編入試験を受けようかと」
麗は「期待しています」と、答え目黒で降りた。
そしてホームで麻友を見送ってから、三田線に乗り込む。

さて、ようやく一人になった麗は、気軽でもあるし、神経を使った疲れも感じて、実に複雑。
「朝から、大忙しだ」
「あちこちに気を使い」
「奈々子と蘭には、あれしかなかった」
「花園家の美幸さんや、葵さんに迷惑をかけられない」
「関係筋の迷惑は九条家の混乱に通じる」
「とても、そんなことを巻き起こすべきではないし、関わっている暇もない」

三田線は、白金高輪駅に着いたけれど、麗は新居への道を迷わなかった。
実は、「駅までの道がおぼつかない」は、単に久我山のアパートを辞するための、口実に過ぎなかったのだから。


麗と麻友が姿を消した久我山のアパートでは、奈々子、蘭、香苗、桃香が協力して京都風おばんざいの夕食を作り、美幸と葵も一緒に食べる。

奈々子は、少し不安な顔。
「お嬢様方のお口に合いますでしょうか」
美幸は、笑顔。
「私は、奈々子さんと蘭ちゃんのお世話で、ここに来たのですが、逆になってしまいました」
「ご心配なく、美味しゅうございます」
葵も、よく食べる。
「懐かしい味で、都内に住んでから忘れていました」

桃香は、美幸と葵に、相当引いている。
やはり、身分違いと思うのか、お茶を継ぎ足す程度、ほとんど話すことはない。
蘭も、同じようなもの。
ただ、出来る限り上手に、きれいに食べようと思うのか、あまり食が進まない。

それでも、食事が終わり、「格上のお嬢様」の美幸と葵は、自室に帰った。
このアパートの部屋には奈々子と蘭、香苗と桃香の四人が残る。

桃香が第一声。
「はぁ・・・緊張した」
奈々子は、香苗と桃香に、再び頭を下げた。
「ごめんね、うちのために、心配かけて」
ただ、表情は明るい。
香苗は奈々子の顔をじっと見る。
「麗様は何と?」
奈々子は、笑って首を横に振る。
「めちゃ、うれしい話や」
「でも、当分内緒って約束」

桃香は蘭が握りしめているハンカチを見た。
「麗様のハンカチやろ?」
「返さんかった?」
蘭は、ハンカチを開いて見せる。
「だって、九条麗って刺繍があるもの」
「麗ちゃん、お前にやるって言ってくれたし」

香苗が、やれやれと言った顔。
「とてもそれで鼻をかむことなど」

これには奈々子も蘭も笑い出し、桃香は自分にも欲しくなっている。
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