第245話麻友の必死

文字数 1,344文字

「教えてくれてありがとうございます」
麗は、麻友に頭を下げた。

麻友も神妙に頭を下げる。
「ただ、麗様、兆候かなあと思うだけで」
「しっかりと医者の診断も必要かと」

麗は実に対応が難しいと思う。
長年、一緒に暮らした「育ての親」ではあるけれど、宗雄からの暴言や暴力には、全く無力だった「母」奈々子。
それに、今は養子縁組との形ではあるけれど、本当に血がつながった、本来の家に戻っている。
それを考えて麗が、助け船を出すにしても、「育ての親への義理」、当たり前と言えばそうなるけれど、何が自分に出来るのかが、難しい。

「医者に連れて行って、診断を受け、その後の生活を含めて学生の俺が面倒を見る?」
「また、同居になるのか?」
「すでに高輪新居入りが決定したばかりで」
「それに、奈々子さんも蘭も久我山のアパートに入ったばかり、ますます混乱する」
「それでも一緒に暮らして、面倒を見なければならないのか?」
「ますます、何をどうしていいのか、わからない」

麗は、蘭の対応が心配になった。
そもそも、蘭がうつ病について理解しているのかも、わからない。
「単にどうしようもない、やる気がない母」と文句を言うばかりかもしれない。
そして、そんなことが続けば、ますます、うつ病は悪化すると思う。

考え込む麗に、麻友が心配そうな顔。
「麗様、事情はお聞きしております」
「確かに、奈々子様は、育ての親ではありますが、今は麗様は九条家の次期当主」
「その上で考えるとなると・・・」

麗は、麻友の言葉を、手で制した。
「少し考えさせてください」
「あまり、麻友さんに、心配をかけたくありません」

麻友は、麗の手を握る。
「あの・・・迷惑かもしれませんが」
「麗様の苦しむ顔は見たくないのです」
「私、出来る限り、役に立ちたいのです」

麗は、麻友の真顔と、手を握る力の強さに、戸惑う。
「麻友さん、そう言われましても」
「麻友さんに、これ以上、迷惑をかけるわけには・・・」

麻友は、首を横に振る。
そして、麗の顔を強い目で見る。
「私に、ご指示をください」
「奈々子さんと蘭さんの、生活の支えをしたいのです」

麗は、意味不明。
「あの・・・具体的には?」

麻友は麗の顔を見つめたまま。
「麗様が住んでおられたアパートに私が住みます」
「そして、折に触れて、奈々子さんと蘭さんの、生活サポートをします」
「病院に連れて行くこともしますし、蘭さんが悩んだ時には、相談に乗ります」

麗は、それでは申し訳ないと思う。
「いや・・・そこまでは・・・」
「京都の立派なお屋敷を離れて・・・東京の小さなアパートになんて」
麻友自身が、京都の名家出身、とても、そんなことは無理と思う。

しかし、麻友は引かない。
「東京の不動産の管理人でも構いません」
「仕事の一環として、ご縁のある居住者の生活サポートと、当然の業務と考えます」
「是非にでも、ご指示ください」

麻友も必死だった。
それは、先週、麗と文化財団の葵との、親し気な様子を目にしたため。
何とかして、麗の役に立つ、関心を引くようなことをしないと、「単に不動産や法律的な事務をするお姉さん」で終わってしまう懸念がある。

「少し無理があるかなあ、麗様は慎重やし・・・でも・・・悪い話ではないはず」

麻友は、麗の手を強く握り、顔を見つめながら、胸の動悸は高まるばかりになっている。
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