第259話茜と蘭 九条家のピアノ

文字数 1,269文字

麗も茜の視線を感じて、そのままスマホを茜に渡す。

「蘭ちゃん?うちや、どや?東京は?」

蘭は、いきなりの茜の声で驚く。
「あ!茜さん?麗様の隣に?」
「はい、東京は・・・よくわかりません」

その蘭の答えに、茜は笑い出す。
「そやなあ、着いたばかりやもの」
「でも、そっちのほうが、ええやろ」

蘭も素直。
「はい、あのままでは、住めなかったので」

「うん、そやなあ、大変やったなあ」
「それを麗ちゃんが心配して、大旦那にも相談して」
「あちこちにも頭下げて」
蘭はうれしいような、切ないような。
「はい、麗様なら、何とかしてくれると・・・でも、不安で」
「一緒に暮らしたかったけれど・・・」
茜は、蘭を諭す。
「まあ、麗ちゃんには麗ちゃんの事情もある」
「それと九条の家の事情もある」
蘭は素直だった。
「はい、それは、お役目もありますし」
蘭とて、九条家後継の「重いお役目」は理解できる。

茜は、やさしい声。
「ほな、またな、もう少し麗ちゃんと話があるんや」
「終わったらゆっくり」
蘭も少し笑う。
「気難しい人ですが、よしなに」
茜は、笑って蘭との電話を終えた。

茜は麗にスマホを戻しながら、麗の顔を見る。
「なあ、麗ちゃん、ひとつ話・・・というか頼みがあるんや」
麗は、表情を変えない。
「姉さま。何?」

茜は、麗の手を握る。
「あのな、麗ちゃんのピアノが聴きたい」
「頼むわ、どう?」
「隆さんは聴いたけれど、うちは聴いとらん」
「お世話係たちも、聴きたいと」

麗は、その顔を難しくする。
「うーん・・・いや・・・どうでしょうか」
本心は、「弾きたくない」ので、すぐには応じない。
それに、九条家のピアノには、悪い記憶しか残っていない。
子供のころ、結の下手くそなピアノをさんざん「聞かされ」、「褒めさせ」られた。
褒め方が、少しでも、恵理と結が気に入らなかったら、暴言と暴行の限りだった。

「は?うじ虫に聞かせるんやなかったわ」
「何や、その褒め方は、土下座して褒めるんや」

酷い時は、耳たぶを掴まれ、そのまま縁側から突き落とされ、水までかけられたこともある。
「一番、身分が低い麗は、地下で十分」
「ああ、水が損した、泥水にしとけばよかった」
そんな高笑いをされたこともある。
その席には、五月も茜もいたことを思い出す。
ただ、五月も茜も、麗を守ることはなかった。

「そんないつまでも、過去のことを」
とは思うけれど、九条家のピアノと聞いた時点で、その記憶がリンクしてしまった。

少し下を向いてしまった麗に、茜が心配そうな顔。
「恵理と結のことを思い出しとるんか?」

麗は図星だったけれど、答えない。
下手に頷くと、茜や五月を傷つけると思った。

茜は、小さな、そして震える声。
「ごめんな、麗ちゃん、つい、はしゃいでしもうて」
「何も出来んかった、うちに気を・・・」

麗は首を横に振る。
「いや、姉さまとか、誰のせいとか、何があったのか、そうじゃない」
「ずっと弾いていないから、がっかりさせたくない」

茜は、複雑な顔。
「ただな、麗ちゃん、あの時のピアノはないよ」
「結が、下手にしか弾けなくて、切れて、ハンマーで叩き壊した」

麗は、驚いて、声も出ない。
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