第94話麗は山本由紀子をお礼の食事に誘う。京都人の「また」とは。

文字数 1,467文字

翌日となった。
麗は、図書館に出向き、司書の山本由紀子に吉祥寺の料亭でのお礼の件を話す。

山本由紀子は、顔を赤らめる。
「あら・・・うれしい・・・麗君、そんなに・・・いいの?」
麗は、頭を下げる。
「命を救ってもらって、面倒を見てもらったんです、それくらいは」
山本由紀子
「それでは連休明け、いつでも夜はあけておきます」
麗は、ホッとした。
「それでは、連絡をさせていただきます」

山本由紀子からは、また別の話があった。
「ねえ、麗君、私の親父がね、麗君に紹介したい先生がいるんだって」
麗は、「はい」と答えて、山本由紀子の言葉を待つ。
「佐藤健司さんって、歴史学者兼小説家、たくさん小説や新書も出している人」

麗は驚いた。
「超有名人ではないですか、ものすごい碩学で、文章も面白い」
「そんな大先生を紹介してくれるんですか?」

山本由紀子
「だって、あんな古代ローマ帝国歴史大全なんて重たい本を買う学生なんていないし、それを知ったら紹介したくなったって」
「話をしていて面白いとかも言っていたよ」
「今時の軽薄な学生でもなく、実のあるタイプとか」

麗は恥じ入った。
「単なる地方出身の新入生です、あまりほめられると、怖いです」
「単なるビギナーズラックです」

そんな麗を山本由紀子は笑う。
「そんな下を向かないの」
「せっかくきれいな顔をしているんだから、もったいない」
「もう少し若かったら、どんどんデートに誘うけれど」

麗はまた、恥ずかしかった。
「それでは、時間があいたら、お父さまのお店にお邪魔させていただきます」


図書館を出た麗は思った。
「こういう淡い感じの応答がいいな」
「裏がない、そのままの率直な言葉のやり取り」

「でも、京都であれば、こうはいかない」
「人の話半分に、わざと腰を折る」
「とにかく相手を疑ってかかる」
「絶対に相手を信用しない、ひどくなると親兄弟であっても」
「妾や継子になると、その時点で人間ではない」

「ましてや、他人となれば、ますます最初から否定してかかる」
「けっこなお話やと思いますけど・・・またに、さして貰いますわ・・・」
「その話なら、またにしてんか・・・」
「ほな、また、よろしゅうに」

京都人以外であれば、「また」は、「また今度」の意味になる。
しかし京都人が使う「また」は、二度とない「拒絶」の意味。
今度、今度と次第送りにして、徹底して逃げを打つ。

「まさに糠に釘が続く」
「商売事なら金だけ受け取っておいて、いつまでも仕事の実行は先延ばし」
「なんやかんやと難癖をつけ続けて、最後には知らんぷりも多々ある」
「お前のせがむ態度が気に入らんとか言って、結局何もせず、最後は身分の差で決着をつける、それも京都のお偉いさんだけが得をするシステム」
「それに威張られ、純朴な田舎者は金をむしり取られて、馬鹿にされて、泣きを見るだけで、それが千年以上」
「そんな人たちばかりの町だから、そうなるのか」

「出来なかったら、最初から断ればいいのに、金と頼まれるという面子だけは欲しいから」
「あからさまに拒みもせず、かと言って受けるともはっきりとはせず、金だけは厳しく要求する」

だから「また、よろしゅうに」は、「今後ともよろしく」ではない。
「迷惑料はもらった、二度と顔を見せるな」
京都人から発する意味は、玄関払いそのものになる。

麗はそこまで考えて思った。
「山本さんも、お父さんも信頼できる、少なくとも裏が無い」
「高橋麻央も佐保も日向先生も、好きなタイプだ」
「三井芳香はともかく」
「京都の大学に進学しないで良かった」

麗は結局、胃が痛い。
昼食も取らず、三限目の「万葉集講座」の教室に向かった。
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