第280話嫁候補は麗に協力を申し出る。

文字数 1,459文字

麗にとって予想外の寺社衆や関係筋前でのスピーチ、夏休みの石仏調査などの話が終わったけれど、なかなか自由にはなれない。
寺社衆のお偉いさんたちからは握手を求められるし、お褒めの言葉も絶えない。

「一度、お越しください、ゆっくり話をしたい」
「夏休みなんて待ちきれません、来週でもお待ちしています」
「座禅も教えたい、楽しみです」
「ええお言葉でした、こんな若い人に言われて心に沁みました」
「これで京も安心、ほっとしました」

しかし、麗は何を言われても表情を崩さない。
一人一人と丁寧に握手を交わし、頭を下げるのみ。

そんな麗を遠巻きにしていた関係筋の中から、四人の娘が歩み寄って来た。
銀行頭取の娘直美、学園長の娘詩織、不動産専務の娘麻友、文化財団専務の姪葵だった。

麗が少し頭を下げると、まず銀行頭取の娘直美が麗に頭を下げる。
「麗様、私たちも、その作業に協力させていただきたくて」
麗は、これも予想外の話だったので、困惑。
「いえ、夏休みの時期、暑いと思います」
「無理はいけません」
しかし、詩織は首を横に振る。
「いえ、麗様に協力したいのは私たち、理由はわかりますよね」
麗は、少し慌てた。
「え?理由とは?」
麻友が、クスッと笑う。
「あの・・・最近は、ほんの少しだけお肉がつきましたけれど」
「それまでの食生活は?」
麗は、珍しくうろたえる。
もしかして過去の生活、一日一食生活が知られているかもしれない、と不安になる。
一番事情を知る葵が、強めの言葉。
「いいですか?麗様、京都の夏は暑いんです」
「九条家の麗様が道端で熱中症なんていったら、ほんま、困るんです」

麗は、実に面倒な話になったと困惑する。
炎天下に寺社を回って歩き、話を聴いて、石仏を調べるだけでも大難事。
たとえ、組織化して作業を行うにしても、麗自身が中心メンバーになると、手を抜くわけにはいかない。
「上から目線で指示だけ出す」、そんなことも言われたくない。
いかに九条家の後継としても、この京の社会では、新参者に属する。
そうなると、悪い評判を立てられないようにするには、相当程度の実務をこなさなければならないことは、当たり前すぎる話なのだから。
それを、現在、お嫁さん候補四人が協力すると言い出したのだから、麗には、その四人の「ご機嫌を伺いながら」作業をする重荷が加わったことになる。


困惑する麗に助け舟を出したのは大旦那だった。
「まあ、麗も急に話が進んで困っとる」
「屋敷に戻って、ゆっくりと計画でも立てたらどうや」

この助け舟には、麗も関係筋の娘たちも、反対のしようがない。

また、寺社衆も喜ぶ。
「まあ、夏が楽しみやな」
「こんな若くて立派なお家の人に、御仏の話ができる、それだけでも幸せや」
「どんな計画ができても、協力させてもらいます」
「いや、その前に、私らが若い人たちの前で、恥ずかしい思いをせんように」
「ああ、そや、また気合が入りますな」

そんな状態で、麗にとって予想外の会議は終わった。
そして、麗はお屋敷に戻る車に乗り込むけれど、やはり心が晴れない。
「隆さん、待っているかな」
「そもそも、俺が石仏の話をしなければ、こんなことにはならなかった」
「隆さんの期待を裏切って、違う話にのめり込んでいる」
「しかし、避けられる状態ではない、今は京に新参の身」
「不必要なトラブルは起こすべきではない」

車が走り出して麗は、ようやく大旦那に願い出た。
「今日の話が終わったら、隆さんの見舞いに行きます」
「約束でしたので」

大旦那は深く頷いた。
「よう我慢した、隆にも、今日の話を伝えるんや」
麗は、不覚にも、涙目になっている。
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