第343話下鴨神社参拝と麗の思い 

文字数 1,654文字

麗にとって、直美の思い出話は、「実際、どうでもいい話」と言うよりは、「自分の失態に属する話」だった。
それは、糾の森で、直美がはしゃいで転んだとしても、「麗がそれを防げなかった」として、恵理と結、宗雄に暴言と暴行の限りを尽くされたのだから。

「何や!怪我させたんか!ゴミ虫の分際で!」
「ここで死ね!死んで謝れ!」
「お前の死体?犬に食わせる!」
「犬だって、お前みたいなゴミ虫なんぞ食わん!」

そんな騒ぎを聞きつけた大旦那と直美が、事情を話しても、止まるのは大旦那と直美が目の前にいる時限り。
姿を消せば、大きな声は出されないまでも、どれほど殴られ、蹴られたかわからない。

麗は、少し落胆気味の直美を見て、恵理に言われたことを思い出す。
「地下が見ている前で、格上のお方が困れば、それは地下の失態」
宮家出身の恵理が考えそうなことと思った。
宮家が困るのは、それに仕える人が、自らの職務を果たさないからと、常に言い張る。
要するに、身分の上の人が、「何をしようと罪は部下が背負う」のが、当たり前との意味。
「自分のミスは部下のミスであって、部下の手柄は自分の手柄としか、考えない人たち」、麗は特に宮家の人を、そうとしか理解していない。

麗は、そこまで思って、自分の周りを笑顔で歩く「お嬢様たち」を見る。
「まあ、直美さんだけではないか」
「みんな、何かすれば、しでかせば、酷い目に遭うのは地下の俺だった」
「今さら、思い出しますとか、ありがとうとか言われても」
「この人たちと関わらなければ、あんな嫌な痛い思いもしなかったのに」
「この人たちは、痛みなんてわからないだろうけれど」


一行は糾の森を抜けて南口の鳥居に到着。
一礼して、鳥居をくぐり、下鴨神社の各社から本殿を参拝。
葵祭の斎王代が池に手を浸し浄める「御手洗池」や「御手洗社」にも立ち寄るので、お嬢様たちは大はしゃぎ。

しかし、麗の顔は、全く晴れない。
もともとが感情が表に出ない能面でよかった、と思う。
そして能面と言われようと、この顔は崩したくない。
「下手な笑顔を作って、余計な詮索をされるべきでない」、そんな思いで、大はしゃぎのお嬢様たちを見ながら、麗の心に浮かんだのは、山本由紀子と高橋麻央と佐保だった。

「俺は、あの人たちに救われた」
「山本由紀子さんがいなかったら、井の頭線でフラフラして電車と接触したかもしれない」
「そうすれば命もなかった、他人に迷惑をかけて死んでいた」
「高橋麻央と佐保にかくまわれていなければ、三井芳香に包丁で刺されたかもしれない」
「でも、あの人たちは、恩着せがましいことは、何もない」

少し物思いに沈んでいた麗に、茜が声をかけてきた。
「麗ちゃん、宮司さんには?」

麗は、少し考えて答えた。
「特に連絡をしていない」
「それなのに、勝手に押しかけるのも、失礼と思う」
「宮司さんから、お呼び出しがあれば、また別だけど」
「後で、気をつかわせても迷惑になるので、記帳もしない」

残念そうな顔をする茜に、もう少し真意を説明。
「宮司さんにお逢いする時は、正式に申し出をしたい」
「今日は、この後隆さんの見舞い、石仏の会議もある、あまり時間がない」
「そんな中地半端な自分勝手で、忙しい宮司さんの邪魔はしたくない」

茜は、麗の返事を聞きながら思った。
「まあ、麗ちゃんらしい、慎重やな」
「記帳しないか・・・逢わん以上は、それが無難や」
「記帳しておいて、九条家後継が帰ってしまったとなれば、余計な心配を生むかもしれんし」
「でも、不意に顔を見せても、麗ちゃんなら宮司さんは喜ぶのに」
「それでも九条家後継として、お逢いする時は筋を通すか、間違いではないけれど」

下鴨神社の参拝が全て終わると、参集殿近くの駐車場から、三条執事長が歩いて来た。
「麗様、車を回しておきました」

麗は、お嬢様たち全員に声をかけた。
「これから隆さんの見舞いとなります」
「その後は、屋敷で食事を用意してあります、午後は石仏の会議となりますので」

茜は、本当に「事務的な言い方」と思った」
そして、いつも以上に「麗の能面」が気にかかっている。
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