第147話「母」奈々子の誰にも言えない話 蘭の苦しみ

文字数 1,301文字

麗が九条家にて夕食を摂っている同じ時間、麗の「育て」の母奈々子は、その肩を落とすばかり。

「茜様からは連絡があった」
「しかし、麗からは何も連絡はない」
「期待してもいないけれど」
「やはり情けない親だったんや、嫌われとったんやろな、実は」
「宗雄が麗に折檻しても、結局はいつも止められず」
「下手をすると蘭まで殴りそうになるから」
「麗を殴られ蹴られるままに・・・」
「そんな情けない親やった」
「酔っ払って大声あげて折檻するだけの父宗雄」
「それを止められず、見ているだけの母奈々子やった」
「うちも、とにかく痛いのが嫌で、怖くて・・・麗が犠牲になった」

奈々子は、唇をかむ。
「そんなこと・・・香苗にも瞳にも言えん、兄さんにも言えん」
「どんな目で見られるか、怒られるか」
「もちろん現場を見とるわけやないけど、理由にはならん」
「見ているのはうちと蘭だけ、痛みを感じて苦しがっていたのは、麗だけや」

都内の麗が住むアパートに移るについても、何より麗の顔が怖い。

「もう、麗なんて、呼び捨てには出来ん」
「そもそも、九条麗様なんや、雲の上の人や」
「うちは、それをわかっていて・・・」
「うちは・・・麗をいつも見殺しにして・・・」
「麗が冷たいのは当たり前や」
「九条の大旦那から、真実を教えられ」
「その上で、どんな顔をうちも蘭も麗に見せられる?」
「口なんぞ聞いてくれんかもしれん」
「目も合わしてくれんやろ」

奈々子は自分の情けなさに涙が出てくる。
「宗雄が麗の私物を勝手に処分する時やって」
「結局、止められんかった」
「そんなことばかりや」
「麗かて、思い出の品もあるかもしれん」
「それも宗雄の馬鹿さと、うちの無力さで、全部・・・」
「どうやって申し開きするんや」

奈々子は首を激しく横に振る。

「こんなうちが麗のアパートに入って」
「食事を持っていっても、麗は受け取らん」
「無理や・・・一緒に住めん」
「うちも蘭も、針のむしろや」

奈々子は、結局、テーブルに頭をつけて泣き出した。
しかし、泣き出したところで、九条家の意思としては、「奈々子と蘭は、麗の住むアパートの別室に入る」と決まっている。
奈々子の身分や立場で、九条家に逆らうなどは、元々出来ることではないし、他に納得させ説得できる転居場所はない。

「麗の顔が怖い・・・他人として暮らすか」
「頭だけ下げて・・・言葉も交わさず」


奈々子が泣いている時間、蘭も苦しんでいた。

「麗兄ちゃん、なんで私にも連絡がないの?」
「私は昨日メールしたよ、頑張ってって」
「返事は麗兄ちゃんらしい、地味な『うん』だけだったけど」
「九条家に戻れば、もう私なんて知らないってこと?」
「そこまで冷たい人でないでしょ?」
「ただ、ぶっきらぼうなだけでしょ?」
「本当はやさしい麗兄ちゃんでしょ?」
「茜さんも冷たいよ、麗兄ちゃんが気がつかなければ、蘭ちゃんにメールしたらって、言ってくれてもいいのに」
「九条家は大喜びだけど・・・」
「でも・・・怖くて、メール出来ないって・・・麗兄ちゃんは、もう雲の上の人だもん」
「しても・・・返ってこないかも・・・着信拒否とか・・・」
蘭がそこまで苦しんだ時だった。

握りしめていたスマホにメッセージ音。
麗からだった。
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