第88話小町通散歩

文字数 1,214文字

麻央も佐保も、麗に詳しい話を聞きだせる状態ではなかった。
何しろ、小町の雑踏がすごい。

麻央
「麗君が話ができる時でいいよ」
佐保
「こんな雑踏で歩きながら話せることでもないかな」
麗は、二人の言葉にようやく心が落ち着く。

麗は両側の店を見る。
「食べ物屋さんが多いですね、後は小物系」
麻央の目は食べ物屋に向く。
「何か食べたいものある?」
佐保は出版社でグルメ分野、さすがに詳しい。
「あそこの和菓子屋さんとか、駅の近くまで歩くと、コロッケで行列するお肉屋さんとか」
「梅コロッケとか、チョコレートコロッケとか」
麻央がコロッケに反応した。
「両方買おう」

佐保が、その言葉と同時に、肉屋にダッシュ。
そのまま、梅コロッケとチョコレートコロッケを持って来る。

麗は首を傾げた。
「あの、一つずつなんですか?」
すると麻央が麗に梅コロッケを渡す。
麗が「え・・・あ・・・はい」と少し食べると、麻央はそのまま麗の手から梅コロッケを食べる。
佐保のチョコレートコロッケも同じような動きだった。

麻央は、キョトンとなる麗を笑う。
「ふふん、お上品な麗君、どう?こういうお味と食べ方は?」
「そのキョトンとした顔が見たかった」

佐保は麗の脇をつつく。
「もう、身体は他人じゃないしね」
「さっきの若い女の子に、ほんの少し嫉妬したの」

麗は、ここでも無難な答えを返す。
「いえ、とにかく美味しかった」
「不思議な味、梅もそうですが、まさかチョコレートなんて思いませんでした」
身体のこととか、若い女の子のことは、あえて答えない。

また、麻央と佐保も、話題をすぐに変えるので、ホッとする。
麻央
「でも、梅コロッケの後に、チョコレートコロッケを食べると違和感たっぷり」
佐保
「ふむ、それがまた、食べ歩きの醍醐味かなあ」

そんな麻央と佐保を見て、麗は思った。
「京都を歩いていれば、とてもこんな会話にはならない」
「子供の頃から、どこに連れて行ってもらったとしても、いつも由緒正しい店」
「煎茶と和三盆。水菓子がほとんど」
「まさか、肉屋でコロッケを買って、通りを歩きながら食べるなんて、絶対に無理」
「夏の暑い時でも、アイスも食べさせてもらえなかった」

肉屋を過ぎると、鎌倉駅とサブレーの店が見えて来る。
麻央が麗に振り返った。
「定番だけど、サブレー買って帰る?」

麗は、買う気はなくなっていた。
「俺は食べないし、実家に送っても、蘭はダイエット中なんて言って逆切れするのが落ち」
それよりも、他人の家に一泊し、今日は先生の家にお邪魔までしてしまった疲れが出てきた。
「いえ、あまり買う気がしません」

結局佐保だけが、会社の同僚用として一箱買い、駐車場まで戻り、帰途についた。

車中で麗は、麻央と佐保にお礼を言う。
「ありがとうございました、いろいろとお世話をしていただいて」
麻央は、少し寂しそうな声。
「私たちがお願いして、泊まってもらって、お付き合いしてもらったの」
「お礼は私たちが言いたいな」

佐保は、車の中で、ずっと麗の手を握っている。
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