第99話佐保の涙目のお願い 叔父晃の名刺に麗は硬直

文字数 1,391文字

麗は実に驚いたけれど、涙目の佐保をこのままにしてはおけない。
「とりあえず中に」と、アパートの中に招き入れる。

麗が珈琲を淹れると佐保は少し落ち着いた。
「突然でごめんなさい」

「何か困ったことでも?」
佐保
「どうしてもお願いしたいことがあって」
麗は「それで泣くほど?」と思うけれど、そのお願いの内容を聞かないと、判断のつけようがない。

佐保
「家に泊ってもらった時に、取材に付き合ってってお願いしたんだけど」

「はい・・・面白いお話だなあと」
佐保
「それでね、今度は少し私の専門外なの」

「・・・と・・・言いますと?」
佐保
「女性が好む和風フレグランスの取材」
麗は、香料と聞いた時点で、少し引き気味。
「うーん・・・女性ではないので・・・」
本当のことは、絶対に言いたくない。

佐保は、少しずつ具体的になる。
「先輩が突然辞めて、押し付けられたの」
「私も、よくわからなくてね」
「上司は、口調がとにかく、きつい、厳しいというより陰険」
「おそらく先輩も苛められた、そんなことも知らないのかって言い方」
「上司だって、よく知らないくせにね」
麗は、一呼吸おいて、佐保に。
「ところで、その上司というお方は、女性ですか?」
若い女性が好む和風フレグランスからの、連想になる。

佐保は頷く。
「うん、アラフォー世代、独身、というか旦那に逃げられた」
「とにかく性格が強い、強いだけが取り柄」
「他人、特に部下を口汚く罵る、それでいて経営者には、すり寄る」
「今は自分からすり寄って、つまり身体を差し出して経営者の愛人らしい、経営者も身体におぼれてる、だから今は逆らえない」
「今まで逆らった人は、誰でも降格、あるいは退社」
「ひどい噂を社内にまき散らすしね、無能とか会社にいる資格なしとか」

麗は、「うーん・・・」とうなるばかり。
できれば、関わりたくないのが本音。
そもそも、香料業界は、先日の鎌倉小町通りでも実感したように、実に狭い。
いつ足がついて、京都の母の実家に「何を通報」されるか、わからない。
それに取材に付き合ったところで、麗に少々の「現金」は入るかもしれないけれど、全く興味がない。
京都の母の実家、数百年以上の歴史を誇る香料店で、跡継ぎを期待されるほどに、仕込まれた麗にとって、「今さら何を」になる。
また、佐保の話を聞く限り、その社内も面倒そうだ。
そんな香料の取材に付き合って、万が一、「自分の身元」を知られれば、その社内でも、必ず予想しがたい影響が出る。

佐保は、また涙目。
「ねえ、麗君、お願い!」
「こんなの麗君でないと頼めないの」

麗は、実に困ったけれど、聞いて見た。
「佐保さん、ところで取材の計画とか、取材を受け入れてくれるお店はあるんですか?」
麗としては、そんなに簡単に見つかるはずがないと思っている。

佐保は、麗に頭を下げた。
そして、麗にとって、実に信じられない話。
「うん、一応は、計画はある」
「取材を受け入れてくれた」
「場所は京都、日本でも最も古い伝統を誇る格式高い香料店」
「といっても、私の両親が源氏学者で、口を聞いてくれたんだ」
「その前に日向先生の口添えもあったみたいだけど」
「で・・・名刺も送ってもらった」
佐保は、バッグから、本当に慎重に、その「名刺」を取り出し、麗の前に置く。

麗は、その「名刺」を見た瞬間、全身に電流が走り、硬直。
「これは・・・」
と言ったまま、返事が出来ない。
何しろ、麗の叔父、晃の名刺なのである。
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