第500話麗は見たこともないような、やさしい顔に (完)

文字数 1,456文字

翌日曜日の午前10時、奈々子と蘭が九条屋敷に到着、三条執事長が出迎え、リビングに入って来た。

奈々子は真っ青な顔、挨拶の声も震えた。
蘭は不安そうに麗を見て来るけれど、麗は目をそらす。
ソファには、奈々子と蘭が並んで座り、相対して大旦那、麗、五月、茜が座る。

大旦那が三条執事長に声をかけた。
「奈々子の隣に座れ、仔細をようわかるように説明せい」
その声を受けて、三条執事長は緊張した様子で、奈々子の隣に座る。

麗は、その時点で、ようやく蘭の顔を見た。
「結局、奈々子は蘭に何も言っていない、だから蘭はこの難しい雰囲気がわからず不安で仕方がない」
「そもそも引っ越し翌々日に京都に呼び出されるのだから、何らかの説明をするべきなのに、それもできない」
「奈々子らしいと言えば、そうなるけれど」

三条執事長は緊張した顔で説明を始めた。
その内容は、昨日麗に対して行ったものと、全く同じもの。
そして説明が進むにつれて、蘭の顔が真っ青に変わり、最後に三条執事長が「本当の父」と言い切ったところで、相当に混乱した様子。
ついには、ボロボロと泣き出してしまった。

「何よ・・・それ・・・」
「どうして・・・今まで・・・」
「今までは・・・何だったの?嘘だったの?」
「生まれてから、ずっとだよ・・・ありえない・・・そんなの」
「これから・・・どうなるの?わからないよ・・・」
「足がグラグラする・・・倒れそう・・・」

大旦那が厳しい顔。
「恵理と宗雄は、知っとるかもしれんが、既にイタリアで死んどる」
「恵理は癌の突然の悪化、宗雄は現地の刑務所で喧嘩して、その怪我がもとで」

蘭は、「え?」と奈々子の顔を見るけれど、奈々子は下を向いて震えているのみ。
蘭に対しては、全く反応を見せない。

麗が蘭に声をかけた。
「蘭、ちょっといいか?」
蘭は、驚いたような顔。
さっきは無視されたけれど、今の言い方は、ずっと聞きなれて来た「兄の麗」のものだったから。

麗は強めに言い切った。
「だから、蘭は犯罪者の娘ではない、日本でもトップクラスの歴史と格を持つ京都九条家執事長の実の娘だ、また三条執事長のご実家も京都でも有数の名家だ」
「蘭の母も、同じように日本でもトップクラスの歴史と格を持つ香料店の直系」
「蘭は、立派なお家柄のお嬢様だ、自信を持って、胸を張っていい」
「俺も九条家も、責任を持って守る、蘭は何も心配するな」

蘭は胸を押さえて、顔を赤くして麗の言葉を聞く。
相当に、興奮しているのが見て取れる。

五月が、三条執事長に声をかけた。
「全て良い方向に進んでいます」
「さて、本当の親子三人だけで、話し合いを」

三条執事長と奈々子は一緒に立ちあがるけれど、蘭は必死な顔で麗を見ている。
麗は蘭の気持ちがわかった。
蘭は、子供の頃から何か動揺すると、麗に抱きついて来た。
「おそらく、抱きつきたいだろうけれど」
「それと、俺とは、完全に家族でなくなることが不安なのか」
「ただ、この九条屋敷のリビングでは難しいだろう、いくらなんでも」

ずっと黙っていた茜が蘭に声をかけた。
「蘭ちゃん、麗ちゃんと、遠くなるとでも?」
蘭の瞳が、途端に潤む。

大旦那が無言で麗の脇をつつく。
麗が苦笑いをしながら立ち上がると、蘭は大粒の涙を流しながら麗の前に立った。

麗は蘭を抱き締めた。
蘭は、すがりついてワンワンと泣くだけ。
「抱きつくのは、俺じゃないぞ」
しかし、蘭は泣き止まない、抱きつきをやめない。
「ずっとこうしたい、だめ?」

麗は、見たこともないようなやさしい顔、蘭が泣き止むまで、その背中を撫で続けた。

                (完)
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