第180話麗の提案は老舗甘味店主を喜ばせる しかし麗は憂鬱。

文字数 1,194文字

麗は茜と、由緒のありそうな甘味屋に入った。
といっても、一般客が入るような店舗の中の喫茶スペースではなく、奥座敷に通された。

麗が「さすが、茜姉さんの知り合い、それも九条家ゆえの特別扱いか」と思っていると、壮年の店主のような人が緊張した顔で挨拶に来た。

「ああ、これはこれは、麗様」
「茜様からも何度もお話を伺っとります」
「もちろん、大旦那様からも五月様からも」
「今後も末永くご贔屓に」

麗は、少し頷く程度。
「それはありがとうございます」
それでも、言葉が足らないと思ったのだろうか、少々付け加える。
「お菓子につきましても、いろいろと教えて欲しいと思います」
「和菓子についても、興味がありまして」

すると店主の顔が、ゆるむ。
「ありがたいことで、私どもでよろしかったら、何なりと」
「例えば、どのような?」

茜は、その問答に少し焦る。
「麗ちゃん、こんなほんまのプロに何の問答や」
「素人やろ?麗ちゃん」

麗はいつもの冷静な顔。
「素直に興味があるのは、お菓子の歴史」
「例えば、奈良期、平安期、鎌倉、室町、戦国から江戸期まで」
「どんな菓子を人々は食べてきたのか」

店主の表情が変わり、そして笑う。
「いや・・・面白い・・・」
「菓子歴史博物館が出来ますな」
「つい、今の菓子を作るに精一杯、あまり考えておりませんでした」
「もしかすると、作られなくなった菓子に、忘れられた菓子に、実は美味しい菓子があるやもしれませんな」

麗は、神妙に軽く頷く程度。
しかし、茜には店主の顔が面白い。
「店主さんの、あないな輝く目を初めて見た」
「麗ちゃん、プロを乗せてしもうた」

その麗がポツリ。
「お菓子の時代祭りですね」

店主の顔が、また変わり、さらに輝く。
「はぁ・・・それも・・・面白い・・・うちばかりやなくて」
「京の菓子職人が、皆、喜びます」
「菓子組合で即、提案します」
「菓子組合だけでなくて、観光業界ともタイアップ、行政とも」

しばらく、話が弾んだ後、麗と茜は店主の見送りを受けて、甘味屋を出た。

茜はうれしくて仕方がない。
「大喜びやったね、麗ちゃん、お土産までいただいた」
麗は軽く返す。
「少し余計なことを言ったかもしれない」
茜は首を横に振る。
「いや、そうやない、面白い、あれほど喜ぶ店主は初めてや」
「いつもは、もっと地味や、顔を上にしないもの」
「これで、ますます麗ちゃんの評判があがる、九条も喜ばれる」
「うまくいけば、京都の菓子界も、観光も喜ぶ」

しかし、麗は全く別のことを考えている。
「とにかく明日には都内に戻りたい」
「急に京都に来て、アパートはそのまま」
「来週には授業がある」
「提出課題を再点検したい」
「それに、来週は司書の山本さんと、香苗さんの店でお礼の食事」
「高橋先生との仕事の話もある」
「予定を整理しないと、ミスが出る」

そして思った。
「いろいろ考える時に、お世話係が面倒」
「また気苦労が増える」
喜ぶばかりの茜を横目に、麗は憂鬱に沈んでいる。
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