第92話麗の行動が少しずつ変わり始める。

文字数 1,470文字

それでも麗は茜に尋ねた。
「茜さん、大旦那は珈琲飲まれました?」
麗としても、お客を迎える以上は、その程度は神経を使わないとと思う。
ただ、麗は九条のお屋敷で見る限り、抹茶か煎茶以外を飲む大旦那の姿を見たことがない。

茜は、即答する。
「あら、心配はせんでええよ」
「うちが淹れることもあるし、案外好きみたいや」
「麗ちゃん、淹れてくれるん?」
「じゃあ、珈琲は期待しとる」

麗は、ようやくホッとした。
まさか、お客に全てお任せなどは、ありえないのだから。
「それでは、茜さん、お待ちしております」
と、電話を終えようとするけれど、茜は意外な反応をする。
「なあ、麗ちゃん、もうな、茜さんって言わんで」

麗は「え?」と意味不明。
茜はケラケラと笑う。
「茜姉ちゃんでええよ、これからは」

麗は、ますます意味不明、冗談にも程があると思う。
麗にとっては、恐れ多き九条家の令嬢茜様なのである。
それを「茜姉ちゃん」などとは、全く理解の程を超えている。

困惑する麗に、茜は明るい声。
「ほな、楽しみにしとる、もう少しや、風邪引かんとな」
麗は「はぁ・・・」と応え、ようやく長い電話を終えた。

電話を終えても、例の困惑は消えない。
「姉と弟?仮に俺が京都の香料店の跡継ぎになったとしても、その関係は九条家の令嬢茜様とは成り立たない」
「だから、あくまでも、冗談に過ぎない」
「まともに取ると、危険だ」
「幼馴染の茜様と言っても、京都の人の言葉は、必ず二重、いや三重くらいの意味がある」
「表で笑って、陰では悪口言いたい放題」
「騙すほうが悪いは、世間一般のこと」
「それが京都では違う、騙されるほうがウカツに過ぎない」
「京都人は、騙しは当たり前と思っている」
「そうやって、田舎者から来た真面目で人を疑わない人たちから、騙して金を巻き上げて来た人々だ」
「それが千年以上も続いて・・・それが当たり前」
「まさか、茜さんが、そこまでの裏を持っているとは考えたくないけれど」

麗は、そんなことを思い、しばらく困惑していたけれど、いつまでもというわけには、いかない。
「違うことを考えよう」と、やり残していたことを考える。

「まずはローマの歴史本を読む」
「それを考えた時点で、気持ちがサッと晴れた。
京都のことを考えている時とは、全く違う。
強く明るい精気のようなものが、心に満ちる。

「永遠の都、ローマか」
「同じ都でも、京都の他者を見下すような意地悪さを、それほど感じない」
「それは、ローマでもあっただろうけれど、ローマは征服した相手を同化した」
「敗戦国の支配者を、そのまま元老院に入れた」
「それだから、世界帝国になれた」

そこまで思った時点で、図書館司書山本由紀子との約束を思い出した。
「そういえば、この本を探してくれた古本屋の店主は、司書嬢山本さんのお父さんだった」
「山本由紀子さんは、瀕死の俺を、有給休暇を取ってまで看病してくれた」
「連休明けには、お礼する約束をしていた」
「約束を守らないと・・・それに、あの笑顔を見るだけでも気が晴れる」

麗は、早速、吉祥寺の料亭の女将香苗に連絡を取る。
「麗です、いろいろとお世話になっています」

女将香苗は、うれしそうな声。
「あら、麗ちゃん、三井さんのことも、一応片付いて良かった」
「心配しとった、高橋先生にもお礼せな・・・」

麗は、「その前に」ということで、山本由紀子へのお礼で料亭を使いたい旨を告げる。

「はい、わかりました、いつでもかまいません、何しろ麗君の命を救った大恩人や」
「麗ちゃん、成長したね、大切にお付き合いするんやで」
女将香苗の声は、本当に明るく、うれしそうな雰囲気になっている。
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