第121話九条様との面会(1)

文字数 1,315文字

九条様との面会当日となった。
麗が朝7時半頃に目を覚ますと、茜からのコール。
「午前の10時半過ぎになると思う」

麗は少し緊張。
「わかりました、お待ちしております」
気になることがあった。
「品川で降りて、タクシーに?」
まさか九条家の大旦那が山手線や井の頭線に乗るなど、考えられない。
そしてタクシーとなると渋滞もある。
10時半より遅くなることはあっても、早くなるとは考えられない。
そうなると、昼食の心配もしなければならない。

茜は明るく笑った。
「あはは、大旦那も京都を離れるのが、うれしいみたいでな」
「山手線とか、私鉄にも自由に乗りたい言うんや」
「まさか顔が知られとる京都じゃ、そんなことは無理やけど」
「それからお昼は心配いらん」
「香苗さんに頼んだよ」
「12時頃出前するって」
「それも、大旦那のご意向や」
「吉祥寺の味も確かめたいとか」

麗は恥ずかしかった。
本来は、迎える自分が準備するべきと思う。
「すみません、いろいろとご神経を」
と謝るしかない。

茜は、ケラケラと笑う。
「まあ、気にせんと」
「こちらから押しかけるんや、無理やりにな」
「麗ちゃんに食べ物の期待をするのもコクな話や」
「ほな、待っててな」
茜はそこで電話を終えた。
おそらくホームの上、発車のアナウンスも聞こえて来るので、新幹線に乗り込むのだと思う。

「あと3時間後か」
麗は、いつもと変わらず殺風景なアパートの中を見回した。
そして、実に信じられない。
あの京都では超名門、日本の中でも名家の一つの九条家の大旦那が、この庶民のアパートに姿を見せる。
しかも、最寄の品川駅から高級タクシーではない。
なんと、山手線と私鉄井の頭線に乗るというのだから。
「せめて、駅まで迎えに出るべきか」
「タクシーも簡単にはつかまらない、京都の駅前でもなく」
いろいろと考えて、駅まで迎えに出ることにした。

まだ時間がある。
「香でも焚くかな」と思う。
しかし、すぐに「わざとらしい」と取りやめる。

麗は香に特別の想いがあるわけではない。
ただ、小さな頃から、母の実家の京都の香料店に行くたびに、叔父晃が実に丁寧に教えてくれた。
そのため、小学6年生の頃には、相当複雑な調合も判別できるようになった。
それを叔父晃が喜び、京都内でも有数の香道の師匠に顔合わせをしてくれた。
「なかなか筋がええお坊ちゃまや」
「今後は上手に育てなあかん」
「いろんな香りを聞いて、特に京で育った香の文化を残してほしい」

「最初は厳しめなお顔の師匠だったけれど、話を素直に聞いていると、実にやさしい顔になった」
「とても京都人とは思えないほど、田舎者の俺を大事にしてくれた」
「なかには奇特な人が京都にもいると思ったけれど、最後に逢ったのは中学3年くらいか」
「もう一度くらいなら、逢ってもいいかな」

麗は、香道の師匠を思い出した時に、心に少し変化を感じた。
「母の実家も、九条のお屋敷にも行かずに、一人の旅行者としてブラついてみたら、京都はどんな感じなのだろうか」

しかし、これもすぐに難しいと思いなおした。
「無理だ、今は中国人とか外国人観光客だらけと聞く」
「京都の風情も何も、昔とは違う、無国籍の雑踏という違和感の中にある」

麗は、結局、京都一人歩きは、断念することになった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み