第62話麗は、高橋麻央の実家に泊まることになった

文字数 1,259文字

麗は、ゆっくりと言葉を選んで答える。

「佐保さんの言う通りで、実に深くて膨大なテーマです」
「光源氏、紫上、明石中宮、冷泉帝、玉鬘、近江の君、薫、浮舟」
「近江の君はともかく、重要な人物が多い」
「それを列挙して整理して書かないと、読者は混乱するばかり」
「そして、継子の物語は源氏より前にもありましたし、それの影響を論じなければならない」
「もっと言うなら、当時の婚姻の状況、特に高位の貴族や皇室に至るまで」
「一夫多妻制の本質まで、整理して書く必要がある」
「身分違いの女と、出産の問題」
「一夫多妻が故に発生する利点と問題点」
「妊娠、出産のリスク、結婚時の年齢の問題」
「家ごとの香りとか・・・衣装の色も」

麗は、ここまで長口舌をしてしまい、口を閉じた。
実に反省しきりになる。

「言い過ぎた、学者を前に偉そうなことを」
「特に最後の香りと衣装は禁句なのに」
「もう、話さないようにしよう」

そう思うけれど、麻央と佐保の目は輝いている。
麻央
「後は本の構成だけかなあ、大型本にも出来る、要約すれば新書にも出来る」
佐保
「うーん・・・確かに現在の一夫一婦制とは違うと思ったけれど・・・」
「面白いなあ、麗君」
麻央
「ほんと、住み込みさせたい、どう?佐保」
佐保
「お迎えしたいなあ、私はOK」

麗は、また困るので質問。
「ところで親御さんはどちらに?」
佐保が即答。
「今は京都の大学で教授しているので、両親とも京都に住んでいる、親も源氏学者」
麻央が苦笑する。
「だから、今は佐保だけ、大き目の家なので男の子が住んでもらえると安心かなあと」

麗は、答えをためらう。
「そんな、今日いきなりとはいきません」
「少し、今日のお手伝いが終わったら、今住んでいるアパートに戻り、考えたいと思います」

そして、少し間を置く。
「三井さんのことは・・・」

麻央
「うん、困るでしょ?」

麗は、難しい顔。
「危険とは思うけれど、そのまま逃げて来るのも、どうかと思うんです」
「具体的に何をされたわけでもなく、だから三井さんを理由には出来ません」
その時点で、麗が気にかかっていたのは、高橋麻央の親が「源氏学者で京都にいる」こと。
万が一にも、香料店にでも入って、麗の情報やら何やらが、わかってしまっても困る。
その意味において、アパートに残るのも、高橋麻央の屋敷に住み込むのも、麗にとっては危険なのである。

佐保は麗をじっと見る。
「うーん・・・でも、心配だなあ、戻るのは」
「あのさ、女の一念、特にプライドを傷つけられたと思っている女は、何をするかわからないよ、刃物だって持ち出すから」

麻央が、「とりあえず」と、案を示した。
「今日だけは泊まりなさい」
「絶対に泊まってはならない、そういう理由があれば別だけど」

麗は、結局、断れなかった。
大人の女性二人に、大学一年生の男子が一人。
麗自身、信じられないほど歓待されているとは思うけれど、桃香のように、いきなり抱きついて来るような激情もないと判断した。
「わかりました、御厚意に甘えまして、とりあえず一晩だけ」

この時点での麗は、麻央と佐保の、淫靡に輝く瞳を全く見ていない。
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