第208話九段下の財団事務所へ 冷静な麗と焦り気味の葵

文字数 1,167文字

古代ローマの講義が終わった。
葵は麗の腕を、より強く組む。
「これから、九段下の事務所に直行でも、よろしいでしょうか」
麗は「この状態で、どうして断ることが出来る?」と思うので、シンプルに「はい」とだけ応じる。
それは、何しろ、そもそもがマンモス校の大教室の講義。
周囲は学生であふれているし、余計な問答をして、注目をされたくない。

葵は、立ちあがった。
麗も腕を組まれている以上、一緒に立ちあがる。
「茜様から連絡を受けていることもありますので、どうしても九段下の事務所にお越し願いたいのです」
「そこで、ご相談したいこともありますので」

麗は観念しているので、「わかりました」と、またシンプルな返事。
ただ、腕を組んだままは、いかにも恥ずかしい。
葵の目線が大教室の出入り口に向かった時点で、すっと抜いてしまう。

葵は、下を向いた。
「残念です、それ」

麗は、取り合わない。
「葵さんの気持はわかります」
「しかし、ここは勉学の場、慎むべきかと」
「それは、葵さんであろうと、誰であろうと」

葵の声が震えた。
「嫌いだからというわけではないのですね」

麗は強めに応じた。
「当り前です、大切にしたい人です」
「好き嫌いからのことではありません」

葵は、麗と歩きながら、落ち着くような、揺れるような複雑な心。
「大切にしたいというお気持ちはありがたい」
「確かに、人目の多い大教室で、つい出過ぎてしまった」
「こんな場所で、好き嫌いを言うのも、実に軽い関係かな」
「でも、できれば、そのまま腕を組んでいたかった」

そして、時々チラチラと麗の顔を見る。
「ほんま、大旦那に、よう似とる」
「きれいなお顔で、可愛さもあるな」
「それにしてもクールや・・・これが東京風?」
「少なくとも関西とか、京都の男のネチャネチャした感じとは違う」
「言い寄って来れば、まあしつこかったけど」
「麗様は、逆に突き放して来る」
「で、突き放すようで、しっかり見とる」

葵は、あまり麗を見過ぎて、駅の階段で、つまづきそうになった。
麗は、何も言わずに、さっと葵を抱きかかえ、まともな体勢に戻す。

葵は、顔が真っ赤。
「恥ずかしい・・・何も言われないのが、メチャ恥ずかしい」
「呆れられたか・・・」
「これ以上はヘマはできん」

その麗は、新宿を過ぎた頃に、ようやく葵の腕を引く。
「あそこに、席が空きました」

葵が見ると、確かに二人から三人分のスペースがある。
葵は、また恥じた。
「あら・・・私が気を遣わんと・・・」
「そもそも九条財団がお呼びしたのに」
「麗様に面倒を見られてしもうた」

しかし、麗は葵の反応には、無頓着。
柔らかく葵の腕を引き、一緒に座ってしまう。

葵は、また声が震えた。
「ありがとうございました、申し訳ありません」
麗は、無表情。
「いえ、当たり前、空いていたから座っただけ」

葵は麗の手を握りたくて仕方がない、そんな衝動が湧き起こっている。
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