第110話麗は古書店主山本と話が弾む 

文字数 1,164文字

山本由紀子の父は、連絡先と名刺を麗に渡した。
その名刺に書かれた名前は「山本保」。


「ところで、式子内親王なんです」
山本保
「ええ、そうですね、何冊かありますよ」
「新古今にも興味が?」

「そうですね、好きな歌人です、大好きと言っても」

山本保は、数冊を棚から取り出して、麗の前に。
「後白河院の皇女にして、賀茂の斎院」
「時は平安末期から鎌倉初期」
「源平の合戦が終わり、政治の実権は鎌倉武家に」
「すごい変革の時代」
「合戦あり、大飢饉あり、福原遷都、また戻って」

麗は、山本保の口調のなめらかさに、驚く。
最初、この古書店で見た時の、ぶっきらぼうというか、武骨な雰囲気とはまるで違う。
そして語っている時の、目の輝きが眩しいほど。

麗も、それに乗ってしまった。
「歴史に残る有名人ばかりで」
「歌人では俊成、定家、西行、鴨長明、慈円」
「武家では清盛、義仲、頼朝、義経」
「皇室でも、後白河から始まって後鳥羽院、平徳子、つまり建礼門院」

山本保
「そういう歴史の変革期には、それに感化されたのか、印象深い人物が多く生まれるような」
「宗教家でも、法然、親鸞、栄西、少し離れますが明恵、日蓮、一遍」
「その方面、和歌の研究者も紹介します」
「もちろん、西洋史の佐藤先生も、麗君には興味を持たれているようですが」

麗と山本保の話は、長く続いた。
麗は、とりあえずということで、式子内親王の伝記と評論集を購入。
深く頭を下げ、山本古書店を後にした。

麗は、再び神保町駅から地下鉄に乗る。
実に気持が充実している。

「さすがだなあ、神保町の老舗古書店主」
「学識が幅広く、学者も多く知っている」
「最初は、つっけんどんだったけれど、話せば話すほど、味が出る」
「これが、本の聖地の人なんだ」
「いや、本だけではない、あらゆる文化の聖地なのかもしれない」
「何より、学識に対して真摯だ、それが田舎と違う」

「田舎の本屋で式子内親王なんて口に出せば、首を傾げられて、おまけに変人扱いだ」
「漱石も知らない書店員だった」
「コミックだけには詳しくて」
「草枕はありますかって聞いたら、店主に電話していたなあ、焦り顔で」
「電話をしながら、俺を面倒そうに睨むし」
「それが田舎の書店員の学識と接客態度」

麗は、また胃を痛くして久我山駅に着いた。
「さて、おにぎりも飽きたなあ」
「となるとパン、サンドイッチか」
「カップ麺は好きになれない」
「味がどれも下品、濃ければいいって感じ」

コンビニで買ったのは、結局ハムサンドだけ。
「少ないと言えば、そうなる」
「食べないよりはマシと言うべきか」

アパートに入り、ハムサンドと珈琲だけの食事。
それで、腹が減ることもない。
風呂を済ませ、神保町で買った本をテーブルの上に並べる。

「さて、何から?やはり式子内親王かな」と、読み始めるとスマホが鳴った。
麗がスマホを手に取ると、「母」奈々子だった。
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