第256話花園美幸と麗(2)

文字数 1,453文字

「細かい話は、若いもんどうしで」
大旦那は席を立ち、自分の部屋に戻った。
五月は、「うちは若くはないけど、もう少し」と残った。

麗は、戸惑ったままの顔。
花園美幸の雰囲気と顔は、どことなく思い出したけれど、そこまでのこと。
かつて何があったのか、「麗ちゃんやから、話を受けた」と言われるほどの深い関係などは、思いもよらない。

そんなボンヤリとした麗に、茜が声をかけた。
「麗ちゃんは、覚えとる?」

花園美幸は茜に頷く。
そして、麗に話しだす。
「そうやね、麗ちゃんが、小学生になったばかりの頃のこと」
「正月にここのお屋敷に集まって、書初めの練習」

麗は、「はぁ・・・」と、思うだけで全く思い出せない。

花園美幸は続けた。
「うちは、数学とか理科や好きや、でも、習字は下手くそや」
「それを、恵理と結が見て、もの凄い剣幕で怒って」
「何や!その字は!そんな字でこのお屋敷で書初め?ってな」
「とうとう、結が墨汁のたっぷり入った硯を持ち上げて、うちにぶつけようとする」

茜は、その状況を思い出したのか、顔をしかめる。

花園美幸は麗の顔を涙目で見る。
「その時や、麗ちゃんが、むくっと立って、うちの前に立って手を広げた」
「恵理も結も、ますます激怒や、子供の麗ちゃんかて、おさまる性分やない」
「麗ちゃんは、結に硯箱で頭を殴られ、墨汁も頭にかかって、真っ黒や」
「で、その後、麗ちゃんは、汚いって言われて、庭に放り出されて」
「結に箒で殴られ、足で蹴飛ばされ・・・」

その話が辛いのか、五月は顔を覆って泣き出している。

花園美幸は涙目のまま、麗の手を握った。
「うちは、麗ちゃんに助けてもらったんや」
「年上のお姉さんやのに、庭で麗ちゃんが虐められている時も、助けも出来んかった」
「それが、情けのうて・・・ずっとや」
「だから、今度は役に立ちたい、そう思った」

ずっと黙っていた麗は、返事に困っている。
とにかく、自分では、覚えていない一件だったから。
そもそも、恵理や結には、この九条家に来るたびに、そんな暴言や暴行を受けていたので、どれがどうとも思い出せない。
それに、京都の九条家から、田舎に戻ってからの宗雄の暴行のほうが、強烈に痛かった。
子供のころから、暴言を吐かれたり、暴行されるほうが、当たり前であった。
そんな自分にとって、一度、他人をかばって感謝されたところで、逆に恐縮してしまう。

それを思うと、麗は、花園美幸の思いを受けることに、少し引く。
「そこまで気にとめないで構いません」
「叱られるのは辛かったけれど、いつものことだったから」
「恵理さんにも結さんにも、当時は逆らえる立場でもなく、それで気が済むならと」
「だから、あまり美幸さんは、自分を責めることはしないで欲しい」

五月は、そんなことを言う麗が不憫で仕方がない。
「子供のころから、酷い目にあって育ってきて」
「痛みを抱えて、誰にも文句を言えず」
「ずっと自分を押し殺して生きてきた、心の中は冷たい風の吹きさらしや」
「だから、他人の好意も、素直には受け取らない」
「素直に受け取って、いつか、その逆の辛い目に逢うと思って、ためらう」
「そんな可哀想な麗ちゃんにしたのは、奈々子の弱さも、大きな原因や」
「その原因を作った奈々子が、また麗ちゃんを苦しめる」
「どこまでも、馬鹿な女や、奈々子は」

それでも、麗は、このままでは話が終わらないと思ったようだ。
再び、花園美幸に頭を下げた。
結局、言うことは変わらない。
「ご迷惑をおかけします、よろしくお願いいたします」

茜は頭を抱え、花園美幸は麗の手を握りしめたまま、固まってしまった。
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