第369話麗には似つかわしくない食べ物

文字数 1,481文字

山本由紀子がすんなりと鈴村八重子の本がある場所を教えてくれたので、麗は早速借り入れ手続き。
山本由紀子は、麗の顔を覗き込む。
「もし他にも読みたかったら、親父の古書店で探すよ」
麗は、あいまいな返事。
「そうですね、この本を読み終えたら考えます」
まさか、「祖母」の本を探して買うなど、そこまでは考えていない。
むしろ、祖母に「弟子入り」するのだから、その指示に従おうと思っている。
ただ、目の前の山本由紀子には、鈴村八重子が「祖母」であるとか、自分が九条家の後継とも言いたくはない。
「それでは来週の水曜日のデート、期待しています」
「あ・・・それまでに、本を返しに来ると思います」
少々、性急とは思うけれど、今の麗にとって、山本由紀子の笑顔と声だけが、自分を自然に戻してくれるのだから、憧れのような女性。
本当なら、毎日でも顔を見て、一言でもいいから、会話したいと思っている。

麗は、図書館を出て、そのまま一限目の教室に入り受講、昼休みとなった。
「昼は学食で」と涼香に言ってあったので、本来は学食に行かなければならない。
しかし、珍しく一人になった麗は、食欲がない。
「あの混雑してやかましい学食に行くなど、狂気の沙汰だ」
「それでなくても、最近は食べ過ぎだ」
「九条家に戻ってからというもの、飽きるほど食べさせられている」
「たまに一食抜くぐらいは、かえって健康のためだ」

そうかと言って、あてもなく、広い大学キャンパスをうろつくのも。疲れるだけ。
「仕方ない、売店でノートでも買うかな」
麗は、鈴村八重子の本から、何かのメモ書きをするノートが必要と思った。

さて、麗が売店でノートを買っていると、後ろから肩をトントンと叩かれる。
麗が「え?誰?」と振り返ると、高橋麻央と万葉集講師の中西彰子が立っている。
高橋麻央
「ねえ、麗君、お昼は済んだの?」
麗は、素直に答えた。
「今の時間帯、混んでいるのでどうかなと」
すると中西彰子はにっこり。
「じゃあ、大学の校門を出て、一緒に食べない?」
「校門から歩いて、3分ぐらい」

麗は、先生二人に誘われると、実に断りづらい。
「はぁ・・・そんなに近いのなら」
特に何料理とも聞かない。
高橋麻央もうれしそうな顔。
「じゃあ、行こうか!」と言うので、ついて行くしかない。

さて、二人の女性講師に連れられて入った店は、麗には全く似合わない。
何しろ、「ボリューム満点、カツカレー専門店」だった。
これには、麗も焦った。
「せめて、カレーだけとか」
「ご飯を少なめにするとかは?」

中西彰子が、首を横に振る。
「だめよ、若いんだから、カツカレーを二皿くらいペロリしないと」
高橋麻央はケラケラと笑う。
「どうしても、って言えばカツなしでもできるけれど」
「これは講師の指示、守りなさい」

麗は小声で反発。
「軽く一皿、1200キロカロリーでは?」
「ダイエットとか、気にしないの?」

しかし、中西彰子は出て来たカツカレーを、爆食気味。
「何を言っているの?さっさと食べる!」
高橋麻央は、「和風カレーはやはりカツに合う」などと言い、麗の反発を完全無視。。

ただ、講師二人が誘うだけあって、カツカレーは確かに美味。
小食の麗も、食が進む。
「カレーもご飯も美味しい、カツも衣がカリっとしていて、中身もジューシーで甘味があります」
「食べ切れそうです、珍しく」

二人の女性講師が満足そうな顔をする中、麗は思った。
「とても九条家では、カツカレーは食べられない」
「仮に出されて美味しかったとしても、半分は残す、あの家では食べた気がしない」
「後継と言いながら、まだまだ客人か」
それを思った時点で、麗のスプーンの動きは、また遅くなっている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み