第327話話について行けない葵 麗は明日香村散歩を考える

文字数 1,535文字

葵は、麗と万葉集講師中西彰子とのお昼にご相伴したけれど、昨日の神保町の佐藤先生の時と同様に、相当な疎外感を感じている。
というのも、何しろ、麗と中西彰子の話に、全くついていけないため。
麗は「万葉集の知識は岩波文庫程度」と言っていたけれど、いつの間にか、相当数の本を読んだらしく、とにかく話題が途切れない。


「相当な古代から始まって、帝や后の歌、人麻呂、赤人、金村、旅人、家持、額田王、坂上郎女、それから笠女郎、限りなく名歌人の歌ばかりで」
中西彰子
「そうね、それ以外にも、一首しかなくて、実は作者が不明であっても、いい歌もあるし」
「正直、面白くない、何の変哲もない歌もあるけれど」

「面白くない歌は、おそらく編者の家持が、律義に年代順に並べて、欠くことができなかったのでしょうか」
「整理の都合上と言いましょうか、家持との人間関係とか」
中西彰子
「まあ、それもあるだろうし、何の変哲もない歌も、わかりやすくていいかも」

そんな万葉集そのものの話が続いていたけれど、食事も終わりごろになって、ようやく葵が絡めそうな話題に変化した。
中西彰子
「一度、橿原神宮から明日香村を歩いてみたら?」
「あちこち、万葉集だらけだよ」
麗も頷く。
「はい、何とか時間を作りまして」
中西彰子
「いつかは学生を連れて、明日香村ツアーをしようかなと思っていたの」

葵はためらっていたけれど、ようやく口をはさむ。
「はい、その折には、参加します」
ただ、中西彰子も麗も、軽く頷くだけ、その軽さが「スルーされている」ようにも見えて、葵はまた辛い。
そうかといって、明日香村ツアーに「九条財団のバスを」と申し出るのも、実にわざとらしいし、おそらく麗は嫌うと思う。
結局、葵としては、発言は一回のみ、そんな状態のまま、昼は終わってしまった。

さて、麗は、午後の授業は一時からのものが一つ。
そして、葵は午後三時時からなので、予定が合わない。
また、麗の表情も言葉も、実にあっさりとしたもの。
「それでは、葵さん、次の授業に出ます」
「明日からは京都です、石仏の会議でお逢いできるかな」
「では、また」
と、するっと踵を返して、姿を消してしまう。

葵は、ほぼ落胆気味に、別方向に歩くけれど、引き留めるなどして麗の邪魔もできない。
「うちが近くにいる、それは距離だけのことや」
「麗様の話にもついて行けず、するっと踵を返されて」
「こんなことやと、詩織と五十歩百歩や」
ただ、そう落胆したとしても、麗の話題についていけないのは、自分の勉強不足もある。
「仕方ない、図書館で万葉集でも読むかな」
葵は、少しでも麗と話が深まるように、図書館にて、勉強をすることにした。

一方、葵と別れた麗は、実に稀な一人の時間。
一時からの授業は、大教室での「夏目漱石論」。
講師がボソボソと話しているだけなので、相当に気楽。
そのため、「明日香村散歩」を考えている。

「中西彰子ではなくても、お屋敷に奈良出身の葉子さんがいる」
「万葉集にも詳しいとは、使用人のデータで見た」
「葉子さんに、ガイドを頼むかな」
「そうなると、他のお世話係さんが、ついて行きたがるかも」
「あまり人数が多いと、そっちのほうに神経を使う」
「葉子さんに見どころメモを作ってもらって、それで散歩するかな」
「でも、知らない場所、バスも一時間に一本あるか、ないかの場所って、中西彰子も言っていた」
「まあ、とりあえず、京都に戻って葉子さんに相談かな、湯女を断ったお詫びもしないと」

そんなことを考えながら、授業は終わった。
麗のその次の予定は、佳子との銀座デート。
「銀座となれば、お屋敷にも土産を買わないとなあ」
そこで思った。
「一度は、蘭を連れて銀座を歩きたい、大騒ぎの大食いになると思うけれど」
能面の麗に、少しだけ笑みが、戻っている。
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