第307話麗の未開拓分野はケーキだった。

文字数 1,120文字

「そう言われましても」
麗は葵の手を軽く握るだけ。
とにかく、仕事の上ではともかく、それ以外のことで、特定の女性と懇意になり過ぎることは、嫉妬を生み、危険としか思えない。
それに、麗自身が長らく付き合ってきた女性ではないのだから、心を許すにしても限度を設けるべきと思う。

葵は、そんな麗の手を強く握ったまま。
「今日の授業後は、どうされます?」

麗は即答。
「今日は、特にありません」
「そのまま高輪に帰ります」

葵の手の力が強くなった。
「そうなりますと、お願いしたいことがあります」
麗は黙って葵の次の言葉を待つ。

葵は、顔を赤らめた。
「あの・・・デートして欲しいんです」

麗は、珍しく、吹き出しそうになる。
「今、デートしているような感じでは?」
「手もつないでいますし」

葵は、またキュッと麗の手を強く握る。
「そうじゃなくて、おしゃれなケーキ屋さんに」
「この大学の近くにありまして」

麗は、少し困った。
おしゃれなケーキ屋と、地味で無粋な自分では、全くつり合いが取れない。
そもそも田舎の家の周りにはケーキ屋はどころか、パン屋もなかった。
蘭は女子高生仲間と街に出て食べていたらしいけれど、麗は面倒だったし、興味もなかった。
ケーキ屋には、たまに京都に出た時に、香料店の従業員の女性に、連れて行ってもらった程度。
しかも蘭の付添のような状態。
食べるケーキは、よくわからないので、いつも地味なチョコレートケーキ限定。
苺のケーキや、様々な美しいデコレーションをしたケーキは、そもそも地味な自分には似合わないと思っていた。

それでも、葵には、素直に思ったことを言うことにした。
「私は、おしゃれではありません」
「その店の雰囲気を壊さないかと不安で」
「和菓子はともかく、ケーキは知識が少なく」

すると葵の顔が途端に明るくなった。
「ほほう・・・ようやく麗様の弱点を見つけました」
「私、麗様のケーキの先生になろうかな」
「それから、おしゃれとか何とか、気にしないで」
「麗様は、シックな雰囲気、美形なんですから」

麗は、混乱した。
「そういう見え透いたお世辞は困ります」
「背中がかゆくなる」
「ケーキは・・・さっぱりわからなくて」

葵は、その麗の混乱が面白い。
「そうなると、私は麗様の未開拓部門の開拓者」
「先生として、厳しく指導しないと」

麗は、頭を抱えた。
「こういう話は、蘭とか桃香、美里なのに」
しかし、この話の展開では、断ることも難しい。

そして葵の手を、少し強めに握る。
「わかりました、ご案内願います」

葵はうれしくて仕方がないと言った顔。
そして忠告を発してきた。
「あの・・・他の人に知識を求めようなどは厳禁しますよ」

麗は、ここでも完敗。
実は、葵には内緒で、茜と蘭に「知識を授かろう」と考えていたのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み