第223話佐保と鎌倉香料店取材(4)

文字数 1,434文字

赤い顔の美里は、麗が何を言うのか、気が気ではない。
何しろ、久しぶりに会った前回は、ほぼ完全スルーで、今日も全く素っ気ない。
「何よ!知らんぷりして!」と怒りたいところだけれど、さすがに店の中、人前でもあるので、とてもそんなことは出来ない。
それに、今までなら「何なの?麗ちゃん」と聞けるけれど、今は「雲の上の九条家の後継」なので、それも無理。

麗が、いつもの静かな声で話しはじめる。
「美里さんにも考えて欲しいんだ」
「さっき、瞳さんにも言ったんだけど」
瞳は、その麗にうれしそうな顔。
うんうんと、頷いている。

麗は言葉を続けた。
「京都でも感じたけれど、東京でも同じ」
「電車の中、通う大学の中、実に雑多な香りにあふれている」
「特に気になるのは、人工的に香りをつけた、安っぽい香り」
「本人たちは、その安っぽい香りの、どこが気に入って香りを身につけているのだろうか」
「もう、近づいただけで、吐き気を催すような香りも多い」
「それが・・・特に女性が集団で集まっていると、香りが混在して、とても近寄りがたい」
「本来は、自分の魅力を高め、他者にも喜ばれるべき香りが、その逆の効果になっている」

美里は、いきなりのシビアな話で、言葉が詰まる。
「え・・・あまり・・・気にしたことがありません」
「うーん・・・どうしたらいいのか・・・」

瞳も、麗の話に納得しているようで、話し出す。
「麗様の言われる通りでね」
「着る服にも香水をかけ、髪の毛にも、それ以外にもお化粧の香り」
「恥ずかしいけれど、特に中年女性が集まると、それを感じてしまうことがありまして」
「そのうえ、食べた物によっては、口臭もプンプン」
「何のためにのエチケットなのか、ただ香水とか香料をつけて、自己満足にはなっているのですが、普通の感性を持っている人には、迷惑千万と」

佐保も、話し出す。
「そうなんです!私の職場は出版社で」
「それほどお洒落なんていらないと思うんですけれど、周囲の女性がとにかく香水がすごい、淡くつけるくらいならいいけれど」
「少し前まで禁煙ではなかったので、タバコの匂いとあいまって、少しデスクワークをしているだけで、すぐに頭痛になりました」

麗は美里の顔を見た。
「美里さん、平安期の香りの作法と、現代の香りの作法」
「どこに一番違いがあると思う?」

美里は、また頭を抱えた。
平安期と言うからには、源氏物語とかの深い知識を聞かれているのか、しかも、その先生のような麗から。
こうなると、美里から見る麗は、永年の想い人から、超怖い先生と化す。
「え・・・どう答えていいのか・・・」
と、曖昧な答えしか返せない。

その美里に、瞳は呆れたような顔。
「あのね、美里」
「単なる香料とか香水の話だけではないの、当たり前の話」
「それがわからないと、香料店は務まりません」

佐保も、「あっ!」と、麗の質問の意味を理解した。
「それはそうですよね、その違いはあります」
と、麗の顔を見た。

麗は、必死に考え込む美里の答えを待たなかった。
「簡単な事です、平安期は現代のような風呂もなく、身体から垢が充分に取れない生活の連続」
「トイレも水洗ではない」
「道路は土、雨が降れば泥の匂い」
「馬や牛も歩き、強い動物臭が蔓延している」
「そんな不快な香りに包まれた生活の中で、異性の気を引くためには、どうしても強めの香りを求めることになる」
「光源氏、薫、匂宮が、特に香りを気にしたのも、それが一つの理由」

美里は、「やられた・・・またしても・・・」、麗になんとか切り返したくて仕方がない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み