第492話夕食後、麗は部屋に籠り、古今と源氏を考える

文字数 1,840文字

「湯女」美幸との時が終わり、夕食は中華風。
青椒肉絲、中華肉団子、搾菜と卵スープ他。
小食の麗も完食するほどの美味。
しかし、麗は日向先生と祖母鈴村八重子からの「古今と源氏のコラボ」話が気になっているので、食後は美幸にその旨を伝え、自分の部屋に入った。

麗は、まず机の上に、ノートを置き、考え始める。
「さて、どう考えるべきか・・・」
「源氏の根幹は、まず白楽天の長恨歌」
「玄宗皇帝と、その愛を独占した楊貴妃の話が、桐壺帝と桐壺更衣に置き換えられ」
「決して帝の寵愛を受け続けてはならない身分の低い桐壺更衣が、寵愛を受け続けてしまい、男子まで産んでしまう」
「それが身分の高い弘徽殿女御の怒りを買い、他の後宮の女性も桐壺更衣を憎み」
「桐壺更衣は、生きたかったけれど、ストレス死」

麗は、また別のことを考える。
「紫式部自身は、中宮彰子に白氏文集を進講するほどの漢籍通」
「それに加えて、日本書記、万葉集、古今和歌集を広く深く読み」
「竹取物語や伊勢物語、宇津保物語等の、物語も読み」
「それらの内容や、歌意をたくみに物語に織り込み」
「また、和漢の故事を取り入れ・・・」
「つまり、実に様々なものから、源氏物語を構成している」

麗は腕を組んで考える。
「古今との関係に特化して、源氏物語が語れるのだろうか」
「それだけで、源氏物語の本質を語ることができるのだろうか」
「古今以外の情報も適宜、説明をしないと、内容が軽くなるのではないか」
「源氏のこの部分は、古今和歌集のこの部分から引用している、その説明だけで源氏物語の本質が語れるのだろうか」

麗は、ついに目を閉じた。
「紫式部は、何のために源氏物語を書いたのか」
「発表当時の物語は・・・その地位は」
「漢籍や和歌よりも、下に見られていた」
「現代日本で言えば、純文学よりも低い娯楽小説だったと言われている」
「ただ源氏物語はその文学性の高さから、古来人気を獲得し続けてはいるけれど」

麗は、源氏物語への考えが行き詰まり、紫式部の家系に考えを転じた。
「紫式部の曽祖父藤原兼輔の記述は欠かせない」
「最高位は、醍醐天皇に娘を入内させ、皇子が生まれ、従三位中納言」
「確か、兼輔は古今集の撰者紀貫之や凡河内躬恒たちの歌人サロンの主催者のはず」
「式部の父の為時も五位の受領身分ながら、漢詩人だったようだ」
「そんな文学的な家系の中で、漢詩、漢籍、和歌、物語を読みあさり・・・」

麗は結局、考えがまとまらない。
「日向先生には、やるからには本気と言ったけれど、困難な作業だ」
「源氏物語に引用された古今和歌集の紹介程度になるのか・・・それも面白くない」
「一冊の本を出す、講演をするのも、なかなか難しい」

麗は、それでも「有意義な思考」と感じる。
「田舎の高校生の時は、こんなことは絶対に口に出せなかった」
「聴こえて来るのは、アニメの話、野球とサッカーの話、芸能人の話、菓子の話、誰と誰が恋仲とかフラれたとか」
「源氏とか古今とか、口に出せば、即変人扱い、まあ地味な俺は変人で十分だけれど」
「どうせ、あいつらの話題にも合わせられないし、合わせる気もない」
「結局、あいつらは、地元の高校から地元の大学、県庁か市役所勤めが一番、賢いとしか考えられない」
「東京にしろ、関西の名門大学にしろ、県外に出ると言った時点で、相当な嫉妬とやっかみ」
「つまりは、親元を離れる勇気がない、親も子離れする勇気がない、安穏の井の中の蛙でベタベタと暮らすのが、子も親も最高としか考えられない了見の狭い連中」
「それでいて、都会に染まった知り合いには、猛烈な敵対心を抱く、単なる都会コンプレックスでしかない、それを理解できない程度の低い連中」

様々不愉快な高校時代の話を思い出し、それを断ち切るように、麗は「古今と源氏」に戻る。
「古来、古今集は歌人の教科書だった」
「枕草子にも、平安の女房達は懸命に古今集を暗記、中には古今集の1.111首すべてを暗記していた者もいたと、書かれている」
「新古今集の編者である藤原俊成も、『源氏見ざる歌詠みは遺恨のことなり』と言う程だ」
「源氏物語には確か800首に近い歌が詠まれている」
「それらの歌や地の文には、古歌が盛んに引用されていているが、その多くは古今集から、そんな注釈書も読んだ」

麗は、気持ちを固めた。
「困難ではあるけれど、程度の低い田舎の頃を考えるよりは、まだ古今と源氏を読み比べるほうが、やはり有意義、将来にも役立つ」

そう思った麗は、祖母鈴村八重子の本「古今和歌集詳釈」を最初から読み始めている。
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