第308話葵と世田谷のケーキ店にて

文字数 1,429文字

麗と葵は、全ての授業を終え、大学近くの可愛らしいケーキ店に入った。
麗としては、「俺には実に似合わない、恥ずかしい限りだ」と思うけれど、葵はご機嫌で、様々、ていねいに説明をする。

「ねえ、麗様、全てヨーロッパの伝統的なケーキなんです」
「これは、キプフェル」
「ドイツのクリスマスの定番スイーツで、三日月型のクッキー」
「クロワッサンの原型になったお菓子で、発祥の地はウィーン」
「オーストリアがトルコを撃退した勝利の証として、トルコ国旗に記されている三日月をモチーフにつくられたという伝説があります」

「これは、エーブレスキーバ」
「デンマークで1600年代から食べられているという伝統菓子」
「クリスマスの定番お菓子で、丸く焼いた生地に砂糖やジャムなどをかけて食べます」

「これは、イタリアのズコット」
「トスカーナ地方の定番デザートで、神父がかぶる小さな丸い帽子の形」
「柔らかなスポンジ生地の中には生クリームやナッツやチョコレートチップがたっぷり」
「外はふんわり、中はボリュームたっぷり、そのバランスが、たまりません」

「これは、オランダのショコラード ケルセンタルト」
「たくさんのさくらんぼを使ったチョコレートのタルトで、サワーチェリーの酸味と甘みとチョコレート生地のバランスが絶妙」

などなど、本当にうれしそうな顔で説明してくるけれど、麗は途中から疲れた。
確かに、全て美味しそうに見えるけれど、どれをどう考えて選んでいいのかわからない。
珈琲だけにしようかと思ったけれど、葵の表情を見る限り、ケーキを一つ頼まなければ、おさまらないと考えた。
「定番のザッハトルテにしようかと」
麗が、ザッハトルテに決めた旨を告げると、葵は笑顔。
「麗様らしい、ウィーンの伝統、しっとりケーキですね、甘すぎず私も好きです」

葵は、少し迷っていたけれど、ショコラード ケルセンタルトを選んだ。

さて、ケーキを食べながら、葵はいろいろと話しかけてくる。
「こういう住宅街のケーキ屋さんに入りたくて」
麗は、頷く。
「京都でもないわけではない、と思うけれど、人目を気にしますか」
葵は、コクリと頷く。
「そうなんです、つい、京都やと誰かに見られているかと、気になってしもうて」
「街中やと、外国人ばかりやし」
麗は納得した。
「結局、落ち着いてケーキを楽しめなかったと」
葵は、店の中を見回す。
「それが都内に出れば、うちを知る人も、ほぼいない」
「特に住宅街のケーキ屋さんなら、充分に楽しめるかなと」

麗は、「なかなか京都のお嬢様は、人目を気にして大変だ」と思う。
「都内で、少なくとも4年間は羽を伸ばせます」
そう返すと、葵は本当にうれしそうな顔。
「はい、こういうしがらみがない、生活に憧れていたので」
「今日は大満足です、麗様とデートもできましたし」

麗は、顔をやわらげて葵をじっと見る。
「他に相談したいとか、聞いて欲しいということがあれば」
「できる限りですが」

途端に葵の顔が、赤くなる。
「麗様・・・そんな色白の顔で、二重瞼でまつ毛長くて、丸い目で」
「お人形さんみたいなお顔で」
「言葉が出なくなってしもうて」

この葵の言葉には、麗はまた困る。
「どう返していいのか、わかりません」
「地味な人間で、面白みがないので」

葵は、思いっきり首を横に振る。
「そんなこと・・・ありえんです」
「麗様を知った女の子は、知れば知るほど、一緒にいたくなるんです」
「麗様が気付かんだけですって」

しかし麗は、また困った。
「はぁ・・・」と返すのみ、実際は固まっている。
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