第87話鎌倉小町通りでの再会(2)

文字数 1,156文字

麗は名前で呼ばれてしまっては仕方がなかった。
声をかけてきた女性の名前も、すぐに思い出した。
京都の母の実家の香料店で働いていた女性だった。

「お久しぶりです、瞳さん」
面白そうに麗と瞳のやり取りを見る佐保、そして外から店の中を見ている麻央の視線が気になるけれど、挨拶は返さなければならない。

瞳は、本当に驚いた顔。
「まさか、ここでとは・・・鎌倉に来られたのですか?」

麗は、素直に答えるしかないと思った。
「はい、大学の先生と一緒に」
ただ、素直に答えるだけで、余分なことは言わない。

瞳は、実にうれしそうな顔。
「大きくなられましたね、あんな小さなお坊ちゃまだったのに」
そして、若い女性店員を紹介する。
「ねえ、麗様、この子、私の娘、美里です」
「見覚えあります?」

麗は美里と言われた女性店員を見る。
確かに少しだけ見覚えがある。
京都の香料店を抜け出して、桃香や妹の蘭も一緒に、近くの公園で遊んだことがある。

麗が、「美里ちゃん?」と声をかけると、美里は涙ぐむ。

「もー・・・麗ちゃん、さっさと気づいて」
「泣かせて・・・また・・・」
「うちは・・・途中から、そうかなあと・・・」
「でもな、こんなガリガリで・・・骨と皮みたいな・・・」
美里は、泣いてしまって声が出ない。

その間を利用して、麗は瞳に耳打ちをする。
「あの・・・京都とかの話は、しないで欲しいんです」
「理由は・・・いろいろと・・・」

瞳は、不思議そうな顔をするけれど、店に別の客が入って来たので、聞き返すことも出来ない。

麗は、瞳と美里に少し頭を下げた。
「それではまた、いつか」
これも麗らしい定番の言葉になるけれど、麻央と佐保を待たせていることもある。
そのまま、振り返ることもなく、あっさりと店を出た。

佐保が面白そうな顔で麗を見る。
「古くからのお知り合い?それも、相当な」

麗は、懸命に言葉を探す。
「母の・・・昔の同僚とその娘さんで・・・小さな頃、一緒に遊んだこともあって」

麻央は、、また別の質問。
「麗様って言われていたけれど・・・麗君って、すごいお家柄なの?」

ここでも麗は困った。
何とか誤魔化すしかない。
「いえ・・・あれは冗談でしょう、田舎の官僚の家ですので」

しかし、佐保は誤魔化されない。
「それにしては、あの大人の女性、丁寧な言葉遣いだったよ」
「普通、大人の女性が大学生に、あんな言い方をしないもの」
「ねえ、麗君・・・本当は何か隠していない?」

ますます困る麗の手を麻央が強く握った。

「麗君、言える範囲で教えて欲しいの」
「何があっても、麗君は守る」
「大学の講師として、学生を守るだけではないよ」
「そんなことは当たり前のこと」
「麗君は、それ以上に、上手には言えないけれど、守りたいの」

「そう言われましても・・・」
麗は、何から話していいのかわからない、途方に暮れながら雑踏の小町を歩き続ける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み