第146話九条家夕食にて 麗は悩む 大旦那の諭し

文字数 1,352文字

夕食は、フレンチのコースで、メインは肉料理、それもステーキだった。
おそらく京料理の極みのようなものを予想していた麗は、驚いた。

五月が麗に微笑む。
「とにかく麗ちゃんには栄養や、肉をしっかりつけなあかん」
「もりもりガツガツ食べて欲しいな」

大旦那のステーキも麗と同じ大きさ。
それでも麗よりは食が進む。

しかし、普段が一日でおにぎり二個の生活の麗は、ステーキ肉の四分の一で疲れている。
ステーキ肉の前の前菜やスープで、すでに満腹だったから。
また、昼に松花堂弁当を食べたこともある、ますます食が遅い。

それでも麗が必死に食べていると茜が明日の予定を言う。
「まず隆さんの見舞い」
「その後、香料店への顔見せも」
「それから麗ちゃんの京都で着る服や靴などの日用品を買う」
「家具屋にも行く」

麗は一つ一つ頷く。
そして忙しいなと思う。
すでに満腹状態なので、面倒にもなっている。

五月が茜に指示を出す。
「何しろ、どこに出ても恥ずかしゅうない服やら靴にせなあかん」
「どこぞの馬の骨と見られたらあかん」
「できれば髪型も調整して」

麗は、その指示が実に面倒と思い、考え込む。
「これが京都か」
「実に他人の目を気にする」
「何が何でも、他人に見くびられてはならない世界か」
「たかが、見た目ではないか」
「実力でも何でもない」
「しかし京都では生まれと育ちと見た目が、やはり重きをなす」
「もしかすると実力以上にそうなるのか」
「俺は、生まれはともかく、育ちは京都人から見れば、田舎のゴミ箱」
「だから、見た目だけでも。無理にでも飾り立てるのか」
「実に虚飾にまみれた社会ではないか」

「東京なら・・・」
麗は、そうではないと思う。
どれほど生まれが良くて、住む場所が良くて、着飾っていたとしても、実力がなければ何の価値もない。

茜の「服は京都で買う」と言った意味がここにあったのかと、麗は今さらながら、恐ろしく思う。
そして、「今は実力社会の東京ではない、虚飾社会の京都にいる」事実が、実に重い。
頭の上には、「京都伝統の虚飾社会」の重しが、どっしりと複雑な臭みを持ってのしかかり、手を伸ばせば、また「京都伝統の複雑な人間社会」の棘だらけと思う。

「そんな生活が、京都にいる限り、ずっと続くのか」
「もしかして、死ぬまで?」
「京都から早く逃げるか、出来なければ早く死んだほうが楽ではないか」

麗は、また考える。
「この九条の家は、京都の中でも普通の庶民の家ではない」
「普通の家の後継なら、京都を捨てて、逃げることもできる」
「日本の文化を残すとの意味において、九条の家の後継が逃げ出したとなれば、どうなる?」
「千年以上も続いて来た家で・・・」
「その伝統を俺が破る?」
「ただ、単に面倒やら、難しいだけで?」
「出来るわけがない・・・逃げて逃げられるものではない」

悩み考え込む麗の顔を見て大旦那。
「まあ、麗もいきなりや、慣れるまで大変や」
「当面は五月と茜が生活面は指導や」

少し顔を上げた麗に大旦那の顔はやさしい。
「麗なら大丈夫や、今、考え込むのも、大丈夫な証しや」
「麗は、とにかくいろいろ、考える子や」
「ウカツな真似はしない、それがようわかる」
「わしは、そんな麗が可愛くて、頼もしくてならん」

麗は、悔しいような、諭されたような、見抜かれたような、とにかく複雑な思いで、大旦那に頭を下げている。
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