第297話香苗も「事情」を思い出し、泣く。

文字数 1,564文字

「もともと・・・」
香苗は奈々子と宗雄の結婚の事情を思い出す。

「そもそも、宗雄は極道やった」
「夜の街で若い頃の恵理が、派手に遊んでいて、宮家を気取りロクに金も払わん」
「それで、恵理が金を払わん代わりに、宗雄と男と女の関係になった」

「ところが、恵理がおなかの中に宗雄との子の結を宿していた時に、九条家の兼弘さんとの縁談がまとまってしもうた」
「そこで、恵理は、宗雄を手放したくなくて、無理やり香料店の娘の奈々子に押し付けた」

「奈々子は、宮家の恵理と、九条家の言うことだからって、何も逆らうことなく」
「恵理と宗雄の関係が終わってないことが、わかっていても」
「恵理を気にして何も言えず」

「その後は恵理も結も、やりたい放題」
「宗雄は大旦那の目を盗んで、麗ちゃんを苛め放題」
「奈々子は、見ているだけ、そもそもが何も言えない女やから」

しかし、香苗はこんなドロドロしたことを、桃香にも、ましてや花園家の美幸にも言いたくない。
かろうじて事情を知って、愚痴を言い合えるのは鎌倉の瞳。
五月とも愚痴話をしたけれど、五月にしても茜を抱えていて、恵理と結に感付かれれば、茜の命も危なくなると言って、途中から話をしなくなった。
奈々子の実兄の晃もわかっていたとは思うけれど、九条家と宮家の「お達し」のため、一言も反論や反発は無理だったと思う。

「そもそもは、大旦那が宮家と言うだけで、よく調べずに恵理との縁談に、乗ってしまったのが、全ての発端」
何度も瞳と、そんな話になったけれど、そもそもが格上の人たちの話。
香苗も瞳も、とても口を出せるような身分ではない。

「身分をわきまえないこと」
そんなことを一度でもしたら、京都の保守的で陰湿な社会では、一生の蔑み者になるし、仕事は当然、住み続けることも出来ない。

「恵理と結、宗雄が威張っていた頃は、誰も何も言えなかった」
「大旦那かて、気がつけば恵理や結、宗雄には注意したけれど」
「みんな、その場ではしおらしくする」
「でも、その場だけや、仕事で忙しい大旦那の目が届かんところで、やりたい放題」

香苗は麗を思った。
「こんな・・・情けない大人たちの犠牲になって」
「小さなころから、苛め尽くされて来たんや」
「いつ、酷いことを言われ」
「いつ、滅茶苦茶に殴られ蹴られるかわからん、そんな毎日や」
「痛がろうと、泣こうと、それを、誰もかばおうとせず・・・」


深く考え込む香苗に桃香が声をかけた。
「とにかく、麗ちゃん、あ・・・麗様に心配をかけないように」

美幸も、頷く。
「今日、見た限りで判断するのも、どうかとは思うけれど」
「この奈々子さんの状態を、麗様が知ったとなると、すごく悩むと思うんです」
「まずは、桃香ちゃんの言う通り、治療目的で別の場所に」

香苗は、頭を抱えた。
その頭も混乱する。
「そうは言いましても、夫だった宗雄が、あんな犯罪者で」
「しかも恵理と不倫旅行の犯罪旅行で、大きなショック」
「そのうえ、麗様の件で、大旦那から厳しく叱られ、うつ状態になるほどの痛み」
「もちろん、その非は奈々子に重くあって、その非も感じての、うつ状態なのですが」
「ただ・・・ここで蘭ちゃんとも、離れ離れになると・・・」
「奈々子は、一人ぼっちで」

香苗も泣き出した。
「もちろん、このままでは、あかんとは思います」
「それも、ようわかります」
「でも・・・麗様も、蘭ちゃんも・・・不憫で・・・」
「奈々子だって・・・弱いことは仕方ないけど・・・不憫で・・・」
「ほんま・・・酷過ぎます・・・辛過ぎます・・・」

香苗が泣き出して、桃香も美幸も、何も言えなくなった時だった。
アパートのドアが開き、蘭が帰って来た。
そして、驚いた顔。
「あ・・・花園家の美幸様?こんなに早く?」
「香苗さんと桃ちゃんまで・・・」
「え?香苗さん、どうしたの?泣いている?」
蘭の顔は、驚きから、不安に変わっている。
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