第311話麗と佳子の落ち着いた夜 晃は奈々子の明るい声に胸をなでおろす。

文字数 1,229文字

麗は、どこにも寄り道をしないで、高輪の家に戻った。
玄関で出迎える佳子も、実に自然な笑顔。
ケーキ屋で買った焼き菓子を土産に渡すと、目を丸くして喜ぶ。
「あら・・・うれしい・・・」
「お食事の後に、ご一緒しましょう」

能面な麗も、この笑顔には、つい顔をやわらかにする。
「いえ、喜んでいただいて、こちらもうれしい」
そんな定番のことしか言えないけれど、佳子は、そのまま抱きついてくる。

夕食は、しっかりと味がついたポトフ。
麗は、今夜も食が進む。
「助かります、ホッとする味で」
佳子は、にこにことしている。
「いえ、そう言っていただけると、作り甲斐があります」
麗は、本当に美味しいと思う。
「いろんな出汁が効いていて、味に深みがあります」
佳子
「洋風のおでん、そんなイメージもありますね」

そんな幸せな夕食が終わり、麗が買ってきた焼き菓子と紅茶の時間となる。
麗はできるだけ、やさしい声で佳子に話しかけた。
「少しは都内になれました?」
佳子は、恥ずかしそうな顔。
「いえ、まだまだ、今日は荷物の整理とお掃除で」

麗は、その佳子に申し訳ないと思う。
佳子は、こんなお世話係にならなければ、実家ではお姫様なのだから。
「佳子さん、力仕事があれば、しますので」
「何か、お望みがあれば、言って欲しい」

佳子は、驚いて首を横に振る。
「そんな・・・力仕事なんてありません」
そして、顔を赤らめた。
「麗様とこうして、二人きり、それだけでも幸せで」
「望みは・・・後で・・・」

麗は、佳子の「望み」は、房事のことと察した。
平安期の「召人」も、そんな思いだったのだろうか、仕える人に自分から迫ったのだろうか。
そんなことを考えるけれど、当時の男女としても、そんなことを書き記すような、野暮なことをするわけがない。
だからこそ「秘め事」であって「房事」。
自分とは直接関係がない、男女の恋愛関係などに、興味を持つのも、実に野暮なのだと思う。


さて、麗と佳子が、そんな会話を交わしている時間、京都香料店の晃、その妹の奈々子、鎌倉香料店の瞳は、ネットを使って相談をしている。

「麗様から、お話があった、香料のブログの話や」
奈々子
「原稿を書くだけでかまわんと、修正は麗様がすると」

「下手に文にしないほうがいいかも、箇条書きで」

「確かに麗様の言わんとすることは、ずっと感じ取った」
奈々子
「まずは、和風からで、どう?」

「洋装に合う沈香とか白檀とか?」

「そもそもの付け方もあるしなあ」
奈々子
「なあ、ネットだと、上手く話が通じん、一度集まらん?」

「どこで?奈々子、京都で?」
奈々子
「隆さんの見舞いも、九条家にもお礼を」
晃は少し不安。
「奈々子、動けるか?大丈夫か?」
奈々子の声は明るい。
「心配せんと、麗様に背中支えてもらっとるもの」
「なあ、京都で、三人で調合しよう、それで麗様に判定してもらう」
瞳の声も明るくなった。
「奈々子、あかん、一番厳しい判定者に、そんなこと」

晃は、胸をなでおろした。
何より、奈々子の明るい声が、うれしくて仕方がない。
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