第58話麗は高橋麻央の屋敷に

文字数 1,312文字

麗にあっさりと切り返されてしまった高橋麻央は、次の一手を考えようとするけれど、なかなか思いつかない。

「下手に何かを言って、また切り返されたら、教師のメンツがない」
「年上の女の余裕もなくなる」
「それに、麗君は、これで案外、美形だし、どことなく品が高い」
「離したくない、実は愛でていたい・・・深くなってもかまわない」
「その意味で三井芳香が、ひどい状態なのは、私には好都合」

そして、何気なく麗を見ると、麗はお腹を抑えている。

高橋麻央は聞いてみた。
「お腹でも痛いの?」
麗は首を横に振る。
「いえ、たいしたことはないです」
高橋麻央は、麗の顔色が気になった。
「少し、顔が青白いけれど?」
いつも青白い顔と思っているけれど、今日は、その程度が増している。
麗は、少しして声を出した。
「あの、帰りでいいんですけれど、どこか、コンビニで食べ物を買いたいのですが」
高橋麻央は、麗の言葉の意味がわからない。
「帰りって、どういうこと?」
麗は、言葉を選んで答えた。
「その三井さんが心配ということなので、保存食を買いだめしようかなと」
高橋麻央は納得。
「うん、それはそうかなあ、危険だよね」
麗は、ため息。
「今日は仕方ないけれど、毎日、脅えて暮らすのも困ります」
「でも、探し回られていると言うだけで、まだ何もされたわけではなく」
「逃げるのも好きではありません」
高橋麻央も納得。
「無理やり連れ出してしまったけれど、それもそうよね」
それでも懸念を示す。
「でもね、女の嫉妬は怖いよ、何をするかわからないし」
「何かあってからでは、遅いの」
高橋麻央としては、三井芳香に、麗に傷一つつけさせてはならないと思う。
事情を知る大学の講師としても、麗の才能に関心を持つ一人の学者としても、そして女性としても。

麗がボソッとつぶやいた。
「警察は、何か発生しないと、つまり何らかの実質的な被害がないと、絶対にストーカー捜査はしないと、聞いたことがあります」
「それが男性から女性であってもそうなのだから、まして女性から男性などは、捜査などはありえない」
「それに文句があるのなら、自前で警備員を雇うしかないとか」

高橋麻央も、その話は聞いたことがある。
「要するに、警察はストーカー捜査は面倒なので、やる気がないの」
「四六時中、見張るなんて無理だから」
「泣き寝入りも多いのかな、死んでから捜査するとかね」


高橋麻央のブルーワーゲンは、自由が丘の実家に到着した。

麗は、驚いた。
「どこが貧乏学者なんですか?」
「すごく立派なお庭に、格式ある大きな洋館ではないですか」

高橋麻央はケラケラと笑う。
「あはは、驚いた?」
「まあ、麗君のアパートより広いよ」

麗が「当たり前」という顔で黙っていると、高橋麻央は突然ビーンボールを投げてきた。

「ねえ、麗君、あの久我山のアパートは三井さんが危険だからね」
「ここの家に下宿したら?」
「私の助手してくれたら、家賃は取らない」
「食事も洗濯も、全て込みにするけれど?」

麗が戸惑っていると、高橋麻央は真顔で、少し瞳を潤ませる。

「そうしてくれたら、私も中野のアパートを引き払う」
「当り前じゃない、師匠が弟子と暮らすって」

高橋麻央の真顔の瞳に、麗は「何やら淫靡なもの」を感じ取っている。
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