第260話麗は九条家でピアノを弾くことに悩む。

文字数 1,195文字

「だって、あのピアノは・・・」
驚くばかりだった麗が、ようやく声を出した。

茜も麗の心を読む。
「そや、麗ちゃんの思う通りや」
「そもそも、恵理の嫁入り道具や」
「宮家に代々あったって、自慢の限りやった」
「めちゃ、高価なピアノや、一千万は超える」
「うちも母さんも、そのピアノのある部屋に入ることも、許されんかった」

麗は、実に不愉快な顔。
「結が、そのピアノを叩き壊した時に恵理は?」

茜は、顔をしかめ、横に振る。
「大笑いや」
「九条家なんて地下やって」
「地下の家やから、結がピアノをよう弾けん、当たり前やって」
「そもそも、こんな地下の小汚い家に、このピアノはもったいない」
「どうなっても構わん、音楽そのものが、地下の家には、いらんって・・・」
「音楽は高尚なもんや、聴くのも弾くのも、そもそも高尚な宮家のもんやって」
「こんな地下の家で、どうなろうと、宮家には関係ないって」
「あの、かん高い大笑いや」

麗は、大旦那の気持ちを思った。
「勝手にやらせとけ、そんな気持ちだったのか」
「下手に叱れば、五月さんや茜さんに、何をするかわからない人たち」
「もともと、九条家で買ったものではないし」

茜の顔が、悲しいような寂しいような顔。
「まあ、裏では馬鹿にしていようと、宮家は宮家や」
「この京都のしきたりでは、表向きは立てなあかん」
「人としての身分は、生まれつきで、変えられん」
「それに従っておかんと、何を言われるか」
「どんな意地悪をされて、足元救われるかわからん」
「それが京都や」

麗は、それは自分の身にも当てはまると思った。
つまり、京都で言う、「九条家の後継以下」の人々に対して。
自分など、九条家の関係筋や、お世話係たちから、「表向き」で立てられているに過ぎない。

裏では相当に馬鹿にされ、文句を言われていると思わなければならないと考えるべき。
そして、それには、相当の警戒心を持つべきと思う。

「やはり、一層の警戒心を持つべき、余計なことはしない」
再び、自らを戒めた麗は、ピアノを弾くなど、全くの論外と考えた。
「まるで自ら墓穴を掘るようなもの」

また考え込んだ麗の手を、茜が握る。
「ピアノは弾いてくれんの?」
「麗ちゃんが来るって話で、新しく買うたよ」
「大旦那も期待しとるよ、実は」
「それでも、あかん?」

麗は、茜の想定外の話を聞き、再び、答えに難儀する。
「論外」としか思えないのが本音。
しかし、自分のためにピアノを買ったという話も重い。
九条家として買うのだから、相当な高価なピアノであることも、考える。
それに、大旦那や茜の気分も壊したくないとも思う。
大旦那と茜、この二人だけが、この世にいる麗の血縁なのだから。

麗は、それでも「警戒」を解かない。
ようやく茜に答えた。
「少し練習してからにします」
「随分弾いていないので、下手なピアノを聴かせたくない」
「聴いてもらうのは、大旦那と五月さん、姉さまだけに」

茜は、少し不満そうな顔になっている。
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