第353話程度の悪い京女を落胆させるけれど

文字数 1,347文字

麗と葵が大教室に入ると、少し前に、特に女子学生が集まっている。
麗は、全く関心を示さないけれど、葵はチラチラとその様子を見ている。
葵は話を少々聞き取り、麗に報告。
「言葉からして・・・京のお人みたいです」
「何でも、数百年続く、茶道の家元の流れ・・・の人が中心となって」
「まあ、うちは、あの娘の顔は、よう知らんですが」
「ほんま、流れの流れ程度と、思います」

麗は、ますます関心を示さない。
「家元の流れであれば、本家ではない」
「そうなれば、よほどのことがなければ、九条家が相手にする必要はない」
「相手にする場合は、最低限、本家を通してになる」

しかし、麗と葵が気になったのは、茶道家元の流れの娘から漂ってくる安物の香りと、かん高い笑い声。
「あはは!何言うとるん!」
「うちに任せとき!」
「京にくれば、どこにでも案内するわ」
「あちこちの寺社さん、呉服屋さん、お香屋さん」
「どこに入っても、大歓待や」
「うちの名をだせば、勉強してくれる、つまり安うしてくれる」

葵は、恥ずかしそうな顔。
「ほんま、ここは東京で、誰も聞いとらんと思って」
「はしゃぎ過ぎですわ、あれだと京の女の恥や」

しかし、麗と葵の不快感など知る由もない。
ますます、茶道家元の流れの娘は、かん高い声で騒ぎ立てる。
「そやなあ、うちの家柄を超える家って、京かて、滅多にない」
「そやから、京の街を歩くと、分別のある人は、必ずうちに頭を下げる」
そして、その周囲の女子学生が、「へえ」とか「それはすごい」、「うらやましい」とはやし立てるので、ますます喜色満面。

葵は、麗の顔を見る。
「麗様、どないに?」
麗は、首を横に振る。
「どうでもいい、あれは相手にしない」
「程度の悪い輩と付き合うことも不要」

そんな状態が、しばらく続いた後、突然かん高い笑い声が聞こえなくなった。
すると教科書に目を通していた麗の脇を、葵がつつく。
「麗様、あの娘、気づいたようです」

麗は、教科書から目を離し、前方を見ると、葵の言葉通り。
満面の笑顔のようで、実は緊張した作り笑顔で、茶道家元の流れの娘が向かって来て、麗と葵の前で、立ち止まった。
そして、その前とは全く異なる震える声。
「あの・・・もしや・・・麗様と・・・葵様」
「ご挨拶が遅れまして・・・」
「あの・・・うちは・・・」

葵は、その言葉を途中で遮る。
「構わん、ご立派な、ええお家柄やろ?」
「京と関東は、別の決まりがあるんやろな」

葵は、途端に青くなる「茶道家元の流れ」に、名前も聞かない。
「まあ、これもおもろい話として、京で話のタネに」
「ご立派な、ご自分の話に夢中で、入って来た麗様にも、頭を下げず」
「まあ、ご立派な家元さんや、感心します」

顔面蒼白、身体を震わせながら、元の席に戻る茶道家元の流れを見ながら麗は、葵に声をかける。
「あの人、当分は・・・がっかりするのかな」
「元々、相手にする気もないけれど」

葵は、悲しそうな顔。
「時々、あんな程度の悪い京女がいるんです」
「ほんま、恥です」
「黙ってられませんでした」

ただ、麗が気にかかったのは、茶道家元の流れの落胆ではなかった。
それ以上に、流れの流れにまで、自分の名前と顔が知られていたことだった。
「都内でも万が一はある、不用意な言動はするべきではない」
麗は、また一つ、自由を奪われ、ため息をついている。
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