第345話ピアノを聴きたいと言われ、麗の心に冷たい風が吹く。

文字数 1,251文字

結局、蘭も含めて九条家大座敷での和風懐石弁当の昼食となった。
五月は、そんな昼食の様子がうれしくてたまらない。
「まあ、華やかやなあ」
「みんな和気あいあいや」
「それは麗ちゃんを射止めたいんやから、変な諍いを起こせんけど」
「恵理と結がおったら、想像もできんな、こんな楽しい食事会」

その五月の隣に、お屋敷の花板。
「ほんまですな、こうやって喜んでいただけると、料理人冥利につきます」
「前は何を作っても、後で叱られ、それも料理そのものとは関係のない、つまらんことで」
「何でもかんでもケチをつけたがって」

ただ、花板が心配するのは、麗の食の進み方が遅いこと。
麗は、どの料理も半分程度しか食べない。
「五月様、麗様のお口に合わんのでしょうか」

五月も、それを言われて、麗の様子が気になる。
麗は、いつもの表情よりは固い。
もともと、ほとんどない笑顔が、見る限り、そんな余地もない。

麗の隣に座る茜も心配そうな顔。
「麗ちゃん、どうしたん?」
「やけに食が進まんから」

麗は、能面のままで、首を横に振る。
「いや、朝食を食べ過ぎたかなと」
など、とっくに消化が終わっているはずの朝食を理由にしたりする。

麗は、結局、約半分食べただけで、昼食を終えてしまった。
そのまま大座敷を出て、会議室に向かって歩き出す。
それでまた不安になった茜が、後を追おうとすると、蘭が茜の袖を引く。
「茜さん、そっとしておいて」
「麗様、何より、一人になりたいと思うの」
「とにかく神経を使いっぱなしで、へとへとかも」

しかし、蘭の分析は、茜には通用しても、関係筋の娘たちには通用しない。
まず、詩織が会議室に向かって歩きながら、関係筋の娘たち全員に声をかけた。
「なあ、麗様のピアノを聴きたいと思わん?」
「お昼休みということや」

不動産の麻友が、笑顔。
「そやなあ、それは、ここまで来たら・・・」
「なかなか、用向きがなければ、東京には行けんし」

銀行の直美も、うれしそうな顔。
「興味あります、これは是非に」
「うちもお世話係さんから聞いて、いつかはと楽しみに」

花園美幸は、少し首を傾げる。
「今は、石仏の会議に集中したいのでは?」
「午前中の疲れもあるかも、会議の後でどう?」

葵も否定的。
「うちも、そう思います」
「音楽は、会議の後がよろしいかと」

茜はいち早く麗に追いついた。
「なあ、みんなピアノを聴きたいと言うとるけど」
「会議の前か、後か、そんな感じや」

麗は、やはり想定外だったようだ。
能面ながら、実に面倒そうな顔。
「何故、聴きたい?」
「ピアノは嫌いではないけれど、ピアニストではないよ」
「自分が弾きたくなれば弾くだけで、人にせがまれて弾くのは、あまりどうかなと」

しかし、麗は茜の困った顔が気になる。
そして、関係筋の娘たちの笑顔を見て、また気が重い。
「まずは石仏の会議を考えるべきだろうに」
「何でも言えばやってくれると思うのか、それが当然と思うのか」
「この人たちも、頼む相手の気持ちを考えない、実に能天気だ」
「他人を上から見下してきた育ちのためか?」

麗の心の中には、冷たい風が吹き始めている。
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