第141話九条家居間にて

文字数 1,092文字

茜の母、五月が麗に深々とお辞儀。
「麗様、ようこそ、お戻りで」

麗は、少し焦る。
五月に対しては、悪い感情はない。
むしろ恵理と結に暴行を受け、怪我をすると、いつも手当をしてくれたのが五月だったから。
その記憶からすれば、感謝の念が強い。
しかし、その五月が自分に深々と頭を下げている。

「五月さん、お顔を上げてください」
「目的は隆さんの御見舞いのためなので」

茜が、そんな麗を居間に誘う。
「麗ちゃん、とりあえず、お茶や」
「家族やもの、一服しよ」

大旦那も居間に向かって歩き出したので、麗も歩くしかない。
そのまま、一緒に居間に入った。

煎茶と和三盆の干菓子を出され、「家族」の話が始まった。

大旦那
「やはり、こっちが落ち着くな」

「大旦那様はJRも私鉄も無難に乗られておりました」
五月
「少々、心配やったけれど、安心しました」

麗は、なかなか会話に入り込めない。
この居間に入ったことは、子供時代にあったけれど、その当時は「お客様」。
その「お客様」としても、恵理や結の機嫌を損ねないように、常に下を向いて黙っているだけだった。
そして、飲み物や食べ物にも、一切触ることはなかった。
もし、そんなことをしたものなら、恵理と結に後から、手ひどい暴行を受けるのは目に見えていたから。

「何や!下民のくせに!茶を飲む?菓子を食う?」
「麗なんて、飲み残しと食べかすで充分や!」
「それかて、ご褒美や!」
「いいか!麗!お前は、そんな犬ころと同じや!」

その麗に、五月が茶と干菓子を勧める。
「もう、遠慮することはなさらず」
「邪魔者もいませんので」

大旦那が麗に頭を下げた。
「申し訳なかった、恵理も結も、目が届かん所で何をしとるか・・・」

麗は、首を横に振り、煎茶と干菓子を口にする。
宇治の玉露だった。
それも最高級に近い、茶葉の蒸し方だろうか、自然な甘みが、喉を潤す。
和三盆の干菓子は、どうやらお屋敷で作ったもの。
そのため、甘味を微妙に抑えてある。
そのほうが、玉露の甘味と上手に合うためだと思う。

五月が不安そうな顔。
「それにしても、麗ちゃん、痩せすぎや」
使用人の前では「麗様」だったのが、いつのまにか「麗ちゃん」に変わっている。

麗も、その「痩せすぎ」は、反論がし難い。
「はぁ・・・なかなか」と要を得ない返しになる。

話題は、今後のことに変わった。
大旦那
「麗には、いろいろと教えないとあかん」
「細かなことは、五月から」

五月が麗の手を握る。
「いろいろ大変やけど、大切なことや」
「仕事そのものと、人を覚えて」

「ありがとうございます。まずは明日にでも、名前と顔を一致させたいと」
麗は、五月の手を握り返す。
そして、従兄隆の葬儀での万全な対応を考えている。
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