第278話麗は寺社衆の前で、石仏保存の話をすることになった。

文字数 1,405文字

その麗が考えていた別のこととは、香料店の後継、隆への見舞いだった。

「隆さんは、葵祭を楽しみにしていた」
「病院の窓から行列を見ることができていればいいけれど」
「何か記念品の一つでも届けて、話をして力づけてあげたい」
「一緒に見ることもできなかったから、それくらいは」

そう考えて、慎重に大旦那の表情を伺うけれど、なかなか言い出しづらい。
とにかく周囲に人が多いので、「もう少しタイミングをはかって」と考える時間が続く。

しかし、麗のそんな考えは、呆気なく先延ばしにされることになった。

突然、大旦那から麗に声をかけてきた。
「別の店で、寺社衆と話をすることになった」
「麗も関係筋も一緒や」

麗が驚いていると、五月や茜、お世話係たちは、麗と大旦那に会釈はするものの、次々に控室から退室して行く。
そして、すぐに三条執事長が控室に入って来た。
「お車の準備ができております」
「ご案内いたします」

その言葉に応じて、大旦那は、スタスタと歩き出す。
麗が控室の中を見渡すと、社頭の儀の前にあいさつを交わした「寺社のお偉いさんたち」も、同じように歩き出している。
麗は「また面倒なことを」と、かなり不機嫌な顔になるけれど、この状態ではいたし方ない。
大旦那と一緒に黒ベンツに乗り込み、別の店に向かうことになった。


さて、黒ベンツが到着した「別の店」は、京都市役所近くの高級ホテル。
そして大旦那と麗は、ホテルマンの案内にて、宴会場らしき部屋に入る。
すでに「寺社衆のお偉いさんたち」は着席しており、九条家の関係筋、つまり銀行、学園、不動産、財団の面々も次々に部屋に入って来る。

全員が入室、席に着いた時点で、大旦那が立ち、挨拶を始めた。
「皆さま、本日は葵祭社頭の儀、まずはおめでたく、ご参列に感謝します」

その最初の言葉で、全員が頭を下げる。
大旦那は、話を続けた。
「社頭の儀の前に紹介した通り、隣に座るのが、九条家の後継、麗」

麗は、名前を突然言われて、慌てるけれど、すぐに立ち上がる。
「麗と申します、今後ともよろしくお願いいたします」
と、挨拶の時点では冷静に戻る。

麗に注目する全員が、うれしそうな顔をしている。

大旦那は麗に目配せ、座るように促し、麗が座ると大旦那も座る。
大旦那は、少し顔をやわらげて話を続ける。
「お祭りの日に固いことは抜きや」
「実はな、この麗が面白いことを言うてな」

麗は、大旦那の言葉に、また慌てるけれど、懸命にその意図を読む。
「もしかすると石仏の話?」と思いつくと、果たしてその通りだった。

大旦那
「趣旨は麗が言うけれど、京都の石仏の話や」
「それを、主に寺衆かな、街衆も力を合わせて整備する、そんな話や」

大旦那に「趣旨を麗が説明をする」と言われては仕方がない。
麗は再び立ち上がり、説明を始めた。
「まことに僭越ではありますけれど、大旦那様からの指示を受けました」
「石仏の保存、整備について、思うことをお話したいと思います」

再び寺社衆と関係筋の注目が、麗に集まる。

麗は、一旦、深呼吸、説明を始めた。
「千年以上の日本の首都としての深い歴史を誇る、この京都」
「その深い歴史に沿って、深い由緒を有する秘仏、仏像は数多」
「国宝、重要文化財として、将来の人に責任を持って守っていく使命を果たすのは、京都人として当然のこと」
「私も、九条家後継として、それには尽力を惜しまない決意であります」

麗の真摯な説明に、寺社衆と関係集が、息を飲み、引きずり込まれている。
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