第380話祖母鈴村八重子の涙

文字数 1,186文字

昼食を終え、そのまま食堂で葉子の淹れたお茶を飲んでいると、三条執事長が入って来た。
「鈴村八重子様が、お見えになりました」
麗は大旦那、五月とともに、席を立ち応接室に向かう。
茜が「麗ちゃん・・」と声をかけるけれど、麗は小さく頷くだけ、とても声を出す余裕がない。

応接室に入り、麗が中央、大旦那と五月が麗の両側に座ると、応接室のドアにノック音。
三条執事長に誘われ、「祖母」鈴村八重子が入って来た。
麗と大旦那、五月は立ち上がり、鈴村八重子にお辞儀。
三条執事長に促され、全員着席、面会が始まった。

大旦那がまず、口を開いた。
「ようお出でなされました、八重子さん」
「これが麗、今は都内で大学生」と端的に麗を紹介する。

麗は、鈴村八重子をまっすぐに見て、少し頭を下げる。
「麗です」と、これも端的。

鈴村八重子は、薄い青のぼかし染めの着物に、つづれ帯。
美しく整った顔を、さらに引き立たせているけれど、麗にはとても、そんな分析をしている余裕はない。

鈴村八重子も、頭を下げた。
「鈴村です」
しかし、顔をあげると、すでに泣いている。
「麗ちゃん・・・麗ちゃん?」
涙声で、言葉が続かない。

麗は、手を伸ばして、祖母の手を握る。
その動きは、全く自然。
大旦那はきつく目を閉じ、五月も顔を抑えて泣きだした。

鈴村八重子の言葉は、途切れ途切れ。
「麗ちゃん・・・」
「ずっと・・・ずっと・・・」
「顔見とうて・・・逢いとうて・・」

麗は、ようやく声をかける。
「ばあさま・・・麗だよ」
その声も、顔もやわらかい。
鈴村八重子と面会の前の不安や辛い気持ちは、この時点では感じていない。

鈴村八重子は、涙顔で麗の顔を正面から見た。
「麗ちゃん、見てもらいたいものがあって」

麗は「はい」と、手を離す。
鈴村八重子は、バッグから小さなアルバムを取り出し、麗の前で開いた。

「これは・・・」
麗の目が、大きく開いた。
写っているのは、三人。
真ん中に赤子が、その母親に抱かれている。
そして、その後ろに、若い男性。
どう見ても、「父」兼弘としか思えない。

麗の気持ちが大きく揺れた。
「この赤子が・・・俺か?」
「となると、俺を抱いているのは、実の母・・・由美?」
麗としては、初めて見る「母」由美の顔写真。
由美は、麗を出産後、すぐに恵理に殺され、その麗は里子に出されたから、全く記憶がない。

鈴村八重子の声が、また湿る。
「この写真を撮ったのは、私です」
アルバムをめくると、今度は鈴村八重子が赤子を抱いている写真。
「今度の写真は、由美が、麗ちゃんの母さんが撮ったの」

麗が写真に見入っていると、今度は鈴村八重子が麗の手を握った。
「18年・・・18年も・・・長かった」
「どんなに、麗ちゃんを抱きたかったか」
「どれほど声を聞きたかったか」
「辛くて寂しくて悲しくて」
「もう・・・どこにも行かんと・・・」
麗が鈴村八重子の手に、その手を重ねると、鈴村八重子は声をあげて泣きだしている。
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