第64話麗は共著を断る、有識故実の矛盾を語る

文字数 1,364文字

高橋麻央の実家での麗のお手伝い作業は、書籍を整理するだけで終わってしまった。
それは高橋麻央も、麗も、拙速な作業はしたくないということでは一致していたため。
ただ、高橋麻央からの「麗君と共著にしたい」との申し出は、麗は建て前を言い、断った。

「まだ、名前を出すとか、大学一年生としては早過ぎると思います」
麻央は残念そうな顔になるけれど、麗は本心は言わない。

「そんな源氏の本を出して、自分の名前が九条のお屋敷とか、京都の香料店に知られると面倒でならない」
「必ず何らかの不備を言ってくるに違いない」
「完璧であっても、大旦那と茜さんはともかく、恵理さんと結さんは、嫌みを呆れるほど言う」
「九条の許しもなく、何でこんな本を出したととか」
「お前のような田舎者が、源氏の本を出すなど、源氏を汚すとか」
「九条の家を汚すとか」
「二度と敷居をまたがせないとか」
「直接、出版社に電話して差し止めさせることだって、あり得る」
「そうなったら、関係ない高橋麻央先生にも、多大な迷惑になる」
「もし、点検で日向先生が見られることになれば、更に問題は拡大する」
「取返しのつかないことになる」

麗は、それを恐れるあまり、「自分の名前は、決して世間に出してはならない」と思っている。

書籍整理作業が、ひと段落したのは、午後4時だった。
佐保が焼いたアップルパイとアップルティーを口にしながらの雑談になる。

麻央は笑顔。
「やはり麗君、すごいよ、思っていた通り」
佐保も続く。
「作業に無駄が無い、そのまま出版社でバイトしてもらいたい」

麗は、いつもの地味な顔で余計なことを言わない。
「たまたまです、先生が用意された書籍がポイントをついていたからです」
麻央は、麗にすり寄る。
「ふーん・・・これでお世辞も上手だ」
佐保は麻央をけん制する。
「こらこら、年増過ぎ、その役は私に」

麗は、佐保も結局すり寄ってきたので、実に困った。
そのため、何とか話題を変えようと思ったので、麻央に逆に質問をしてみた。
「麻央先生、有識故実ってあるんですが」

麻央は、さすがに学者、麗へのすり寄りをピタリと止めた。
ただ、佐保はピッタリと麗にすり寄ったまま。

麻央は定番の説明。
「うん、簡単に言うと、宮中にまつわる伝統的な行事・儀式などに関する知識」
「もともとは、有職と故実とは別の言葉」
「今は有職故実と二つつながった形で使われている」
「有職は本来、知識が有るという意味」
「故実という言葉は、過去の事実という意味で、過去の事実・先例に詳しい人、ということで故実家などという使われ方をすることもある」

佐保は、難しい話になったので、首を傾げている。

麗は、少し笑い、また質問。
「それが、学問として成立したのは、いつ頃でしょうか」

麻央は、青ざめた。
「え・・・その質問をする?実にコアな・・」
その表情からして、「よくわかっていない」ことになる。

麗は、冷ややかな声。
「実は、意外に近い時代、江戸期に始まって、明治期に一定の形式を備えたとか」

麻央が「うっ・・・」と詰まる顔を、麗はまた冷ややかに見て、言葉を続ける。
「その故実家の説も、どれだけ正確なものかも不明」
「ただ、伝統的に作法と事実を守り伝えたけれど」
「聞いた話によると、故実家が言うことと、実際の貴族諸家の作法とは合致していないようです」

麻央と佐保は、ため息をついて、麗を見ている。
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