第489話結の現状 奈々子の秘密

文字数 1,331文字

翌月曜日、麗とお世話係の美幸を都内に送り出した後、九条屋敷に馴染みの刑事とお抱えの弁護士が入った。
刑事は苦々しい顔。
「結の裁判が難航しとります」
「国選弁護人も、相当苦労しとります」

弁護士も続く。
「私も、よう知っとる弁護士さんが、内緒でポツリポツリと」
「何しろ結は、あれだけの暴言、相手の身体にはっきりとした傷を残しながらも、自分の故意を否定しない」
「むしろ、下僕に対する教育やとか、当然の罰やとか」
「相当悪質な故意犯罪なのに、加害者の結は、全く反省がない」
「当然、被害者に対する損害賠償の意思も、全くありません」

大旦那は、表情を変えない。
「街衆の店への未払い金は、恵理の相続財産から支払うとして」
「どれくらいの懲役刑になりそうや」
「酷い目にあった九条屋敷の使用人も、九条家としても簡単には許さんけど」

弁護士
「暴行罪より重い傷害罪、しかも悔悛の意思が全くない」
「懲役は15年以下となっとりますが、裁判官にも悪態をつきますので」
「まあ・・・5年・・・裁判官の心証を悪くすれば10年・・・」

五月は頷く。
「要するに、当分は出て来れん、とのことですね」
「そのほうが、九条家にも京の街にも、都合がいいかと」

茜は、安心する。
「その時間だけでも楽や」
「あの馬鹿面を見ないですむ」

刑事
「実家の黒田家も、どうなることやらで」
「介護されている祖母が亡くなれば、空き家状態に」

大旦那は横を向く。
「知らんわ、そんなこと、面倒を見る理由がない」
大旦那の言葉に、集まった全員が頷いている。


さて、今は久我山に住む奈々子は、最近寝つきが実に悪い。
布団に入っても、二時頃まで眠れない。
蘭の部屋の方向を見て、いつも同じことで悩む。

「麗様と宗雄と、田舎に住んでいた時は、とても言えんかった」
「麗様には直接、関係ないことや、恥ずかしいことやけど」
「絶対に、宗雄には言えんことや」
「本当のことを言ったなら、うちも、蘭も生きてはおれんもの」
「そのうちらをかばって、麗様も無事ではすまん」

いつも酔っ払いの、赤ら顔の宗雄の顔が浮かぶ。
「宗雄が馬鹿でよかった」
「何も気づいておらん」
「たまたま・・・血液型が一緒で」
「DNAでも調べられれば、わかるけど」
「黙り切っておれば、宗雄は馬鹿や、そんなこと知らんやろ」
「馬鹿な宗雄は、恵理に操られていただけ、身体の相手に毛が生えただけで」

ただ、宗雄が完全な犯罪者となった時点で、九条家に出入りする弁護士に頼んで、離縁した。
そのことは、自分にとっても、蘭にとっても、実に好都合だった。
「もともとは、恵理の悪だくみを押し付けられた仮面の夫婦や」
「うちにも、宗雄にも、愛情はない」
「身体だって、そのフリをしただけ、酔った宗雄が気づかんだけや」
「それを馬鹿な宗雄は、蘭をあんなに喜んで」

再び蘭を思った。
「ほんまのこと、いつ・・・言うたら・・・」
「蘭は、驚くやろか、泣くやろか」

麗や大旦那、五月、茜、香苗、瞳、そして実の兄晃が、「ほんまのこと」を知ったらと思うと、また寝付けない。
「どんな目で、何を言われるんやろか」
それが、また怖い。

「今はえらくなったあの人に・・・責任を取ってもらわんと・・・」
しかし、奈々子には「その人に」言い出す勇気がない。
それで、また悩んで眠れなくなっている。
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