第364話麗は古今和歌集現代語訳を承諾する。

文字数 1,208文字

日向の口調は、いつもの通り穏やか。
しかし、その表情は、真剣なようで、少し悲しみを感じさせる。
「麗君は、源氏にも詳しく、万葉、古今、新古今にも素晴らしい知識と理解をしていると思います」
「また、白楽天など、特に源氏を読む際に、避けては通れないものも、同じように素晴らしいものがあります」

麗は、評価が高すぎると、違和感を覚えるけれど、日向の話は続く。
「問題は、その現代語訳なんです」

麗の表情が一変した。
「はい、それは感じています」
「現代の人が、考えもしないような言い回しを」
「字句の解説は、それなりなのですが」

葵が麗の顔を見た。
「麗様、具体的には?」

麗は、日向と高橋麻央に少し頭を下げて、話し出す。
「主に、語尾」
「『である』とか・・・」
「『であるぞよ』も嫌いな現代語訳」
「『・・・のことよ』は、酷い、気持ちが悪い」
「『ええい、ままよ』なんて、今は使わない」
「古今集の訳で大家が『どりゃ』なんて、言葉を使って訳していたものもあった」
「こんな言葉を使っていて、誰がその和歌とか文学に興味を持つだろうかと」

高橋麻央が、麗を補足する。
「本当は繊細優美な古今の歌に、そんなガチガチの無粋な言葉を使う」
「難い言葉を使えば、偉いとか、そんなことではないと思うの」
「日向先生は、やわらかな言葉を使っていただけますが」
「特に戦前教育を受けた世代くらいまでは、言葉がガチガチに古臭くて、歌の命を殺しているような」

麗も、悔しそうな顔になった。
「まるで、美しい女性に、無理やりに鎧兜をつけさせたような」
「古めかし過ぎて、固すぎて、歌も歌の意味も風情も殺しています」

日向が話を戻した。
「麗君に取り組んでもらいたいのは、古今の再度の現代語訳」
「貫之の仮名序、紀淑望の真名序以外に、1111首」
「できれば、全訳」
「字句解説などは、全面的に協力をします」

驚く麗に、高橋麻央が笑いかける。
「麗君は、まだ一年生、時間もあることだから」
「期待しています」

麗は、深いため息。
「なるべく九条麗の名を出したくなくて」
「何かと面倒なので」
つまり、「九条麗」の名前を出さなければ、対応する意思があるようだ。
それでも、内心では、大旦那の意向があると気づく。
「祖母、鈴村八重子は古今の大家」
「その祖母と、これからは深い関係を結ぶというか戻す」
「大旦那が、それとなく日向先生に伝えたのかもしれない」

葵が麗の顔を見て、少し笑う。
「ところで、出版は大学?」
「それとも、九条財団に?」

麗は、またしても即答できない。
少し困り、笑っている。

さて、そんな話題の中心となる麗を見て、蘭は本当にうれしい。
「いいなあ、麗ちゃん、やっと日の目を見たね」
「お兄ちゃんって、また言いたいな」
「こんなに偉くなると文句も言えないけど」

日向が蘭に声をかけた。
「蘭さんも、鎌倉にいらっしゃい、楽しみにお待ちしています」
「葵さんも麗君も、みんなで食事をしましょう」
この時点で、蘭は麗の手を握りたくて仕方がない。
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