第196話古典文化研究室にて、出版の話

文字数 1,294文字

古典文化研究室では、それぞれの弁当を食べながらの話になった。

高橋麻央
「ねえ、麗君、麗様って言ったほうがいいのかな、あの出版の話なんだけど」

「ここは大学構内ですし、あくまでも高橋先生と受講生の身分、麗様とはおかしなことになります」
「出版の話には、協力します、約束でしたので」

「はい、九条財団も完成を楽しみにしています」
「源氏物語の継子問題についてのお話ですね」
「大旦那様も、出版前に読みたいとか」
高橋麻央
「麗君の名前を出してもいい?」
麗はためらう。
「それは・・・先生と学生の共著なんて、ありえないのでは?」

「麗様は正式な九条家後継者ですので、問題はないかと」
「大旦那様も積極的に麗様をPRしております」
「むしろ、そのほうが売れるような」

麗は、それでも慎重な態度を崩さない。
「まずは、しっかりとした原稿を作ること」
「そこから始めませんか?」
麗としては、「仮にも九条の名前を出す、しかも後継者としての名前を出す可能性があるのなら、浅い文は書けない」、その思いが何よりも優先する。
それを考えれば、何よりも、じっくりと検討を重ねた深い文章を書くことが第一となる。

高橋麻央は、話の筋を変えた。
「作業場所は、ここにしましょうか?」
「例の三井さんも来ないことになったこともあるし」
「少し残念ではあるけれど」

麗は、素直に頷く。
また自由が丘に行くと、「泊まり」となるかもしれない。
それが平日であれば、お世話係が心配するだろうし、土日は京都に戻る約束になっている。
となると、この研究室で作業するのがベストということになる。
「後は、具体的な作業の計画を考えましょう」

葵が、膝を乗り出した。
「あの、私もお手伝いいたします」
「できれば、ここのサークルに入れてもらって」

その葵を、高橋麻央が少し笑う。
「葵さん、本当にありがたいけれど」
「当の麗君は、私のサークルに正式に入ったわけではないの」
「今までは、単なる協力者で」
「今は・・・スポンサー兼協力者かなあ」
「サークルに入る入らないは、すでに別次元」

高橋麻央は、そこまで言って麗に提案。
「本を出すのは、私の方が慣れているから」
「基本線を作ります、麗君はそれをチェックして欲しい」
「もちろん、日向先生のご指導も仰ぎます」
「具体的な作業は、それからでいいかな」

麗は、納得するしかない。
「そうですね、そのように」

ただ、本心は、「また源氏物語の呪縛か、逃れられないのか」と重さを感じる。
古代ローマの本を読んでいた時は、実に心が晴れた。
目の前も開けるような、明るくカラッとした地中海の風が吹いたような気もした。
しかし、これから書くのは、湿った匂いが漂う京都の人間関係の話。
「誰が親で、それから引き離されて、どんな苦労があって」
「あるいは、栄耀栄華になるとか、または思いがけない運命に沈むとか」
「それをうらやむ、うらやんで引きずり落そうとするたくらみ」
他にもいろいろあるけれど、少し考えただけでも、話自体が暗くて重い。

それでも時計は、約束の午後1時の10分前になった。
麗は、学生証の変更手続きをしなければならない。
葵も立ち会いたいとのことで、一緒に学生課に向かうことになった。
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