第228話麗は様々考えながらアパートに 直美の想い

文字数 1,393文字

二杯目の珈琲を飲みながら、麗は考える。

「今週は忙しかった」
「お世話係の直美との上京、その荷物の運び込み」
「お世話係との生活の始まりと、違和感」
「学生証の姓を変更したり、九条財団の事務所に葵と行ったり」
「山本由紀子さんとの食事だけが、ホッとする時で」
「九条財団の財務で、大旦那に話をして」
「その後、香料店の引き取りと、高橋佐保の引き抜きまで」

我ながら、やり過ぎかとも思う。
もう少し慎重さがあってもいいと思う。
「今のところは、順調過ぎるくらいに、話が進んでいる」
「言い出したことで、これほど喜ばれたことはない」
「しかし、俺の人生で、こんなことはなかった」
「試験でトップを取ろうが、大学に合格しようが、宗雄は俺に暴言と暴行の限りをして来た」
「俺が、あの暴言と暴行を受けなければ、蘭まで行きかねない」
「だから、耐えるしかなかった、宗雄の気が済むまで」

麗は、それを思い出すと、「必ずまた、悪いことがあるのではないか」と不安になる。
「むしろ、いい思いをした分だけ、余計にしっぺ返しが来るのでは」との強い不安を覚える。

しかし、こうも思う。
「もし、ひどいことになって、天涯孤独になったとしても、俺だけの命」
「人目につかない場所で貧乏暮らしをするだけ」
「食べる物もなくて、餓死すれば、それでもいい」
「こんな俺が死んだところで、心の底から哀しむ人が、何人いるのか」

麗は、また胃が痛くなった。
「しかし、大旦那や五月さん、茜さんの笑顔も涙も、嘘とは思えない」
「でも、それは、俺の甘さか?」
「大旦那も、茜さんも、血縁を言っていたけれど」
「そもそも、俺は血縁の中で、生きてきていない」
「里子に出されたんだから、恵理から命を狙われていたこともあって」

二杯目の珈琲を飲み終えて、麗はようやく喫茶店を出た。
そしてアパートに帰る道を歩き出す。

「明日は、直美と神保町で食事と、誘ってしまった」
「しかし、直美もお嬢様育ち、神保町の雰囲気に馴染むだろうか」
「和食は、やめたほうがいいかな。京都人に東京の和食は失礼」
「ロシア料理か中華にしよう、それ以外はイタリアン、洋食の店は混み過ぎるか」
「カレーは・・・お嬢様は食べるだろうか」

そんなことを考え、麗はアパートに帰った。
直美は、待ち焦がれたかのように、出迎える。
「麗様!お疲れ様でした」
「お疲れですか?お風呂に先に?」

麗は、あまりのうれしそうな顔に、少し押されるけれど、返事は事務的。
「はい、鎌倉の香料店の取材も無事に」
「今から取材文を仕上げます」
と、そのまま、自分の部屋に引きこもってしまう。

直美は、そんな麗のあっさりとした対応が、実に恨めしい。
「それは仕事やけど・・・」
「それでなくても、幼なじみの美里さんと、若い女の人の佐保さんと・・・」
「麗様が、他の女の人と話をしたり、歩いたりすると、マジで心が揺れる」
「今も、疼いて、しょうもない」
「はぁ・・・押し倒したいくらいやもの」
「そうかて・・・邪魔も出来ん」
「明後日は京都か・・・それまでの時間しかない」

麗が自分の部屋に引きこもってから、約一時間後、ようやく物音が聞こえて来た。
「出て来られるのかな」
直美の胸は高まる。

果たして、麗は出て来た。
「直美さん、終わりました」
「少し歩いて汗もかいたので、お風呂に」

直美は「はい!ただいま!」と明るい声。
そのまま、顔を赤くして、麗の腕を引く。
その身体の奥は、相当に危ない状態になっている。
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