第178話賀茂斎院跡で、麗は式子内親王の歌を詠む。

文字数 1,409文字

麗と茜は、まず賀茂斎院跡、正式には櫟谷(いちいだに)七野神社に参詣をする。
この七野神社は、貞観元年、文徳天皇の皇后・藤原明子が安産を祈願し、奈良の春日大社を勧請したのが起源、その後、清和天皇が、無事誕生となった。
地名としては、山城国葛野郡櫟谷。
「七野」とは、もと船岡山麓一帯にあった原野で、紫野・禁野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野の七野のこと。
その惣社として祀られたと伝えられている。
しかし、その縁起以上に、賀茂斎院跡としてが有名。
平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂社に奉仕する斎王が身を清めて住まわれた御所があったので、賀茂斎院跡。
斎王は嵯峨天皇皇女・有智子内親王を初代とし、未婚の皇女が卜定され、約400年続き後鳥羽天皇の皇女・第三十五代礼子内親王まで続いた。
その斎王の中には選子内親王や、麗がブログに書こうとしている式子内親王のように卓越した歌人もあり、斎院でしばしば歌合せが催された。
そして、斎院にはほぼ500人の宮人や女官が仕えており、その中には秀れた歌人が少なくなかった。

茜は、麗に声をかける。
「確かに穴場やな、こんな由緒が深い神社なのに、観光客が誰もおらん」
麗は、いつもの素っ気ない反応。
「道も狭いし、わかりづらい場所にあるだけでは?」
茜は、いろいろと神社を見る。
「確かに神社としては地味やけど、本殿の基壇の石垣にある諸大名の寄進印が立派や」
「葵祭の行列の起源みたいなもんや」
「恋愛成就とか浮気封じの神さんや」
麗は、そこで目を閉じた。
「ここに式子内親王がおられたと思うだけで充分」
「式子内親王のブログを書かせてもらうのだから、その挨拶」
「ご利益とかの前に、その思い」
茜は、少し笑う。
「真面目やな、麗ちゃん」

麗は、ようやくその目を開けた。
「そこまで気合を入れないと、とても書けません」
「この世を終わったら、最初に挨拶に行きたい女性なので」

茜は不思議。
「麗ちゃん、生きてる女より、800年も前に亡くなった式子内親王様に恋しとるとか?」

麗は、微妙な顔。
「それ以上、言い切れない、本当に苦しい時に、支えてもらったから」

茜は、その麗の顔に、憂いを見る。
おそらく、子供の時代に恵理や結に苛められて苦しんだこと。
そして、預けられた家での、折檻などの辛さを思いやる。

その麗が、突然、和歌を詠んだ。

「見しことも 見ぬ行く末も かりそめの 枕に浮ぶ ぼろしの中」

茜は、その歌を詠んだ麗の心を考える。
「歌の意味は、これまでのことも、これからのことも、はかない夢の枕に浮かぶ幻の中」

「この世は幻に過ぎない」
「いつかは、辛さも消える、死んでしまえば、痛みも辛さも消える」
「苛められ、殴られ蹴られ、ほとんど誰もかばってくれない」
「麗ちゃんは、そんな生活を18年も送ってきた」
「いつかは消え去る命、幻の中に生きている、その歌だけに、支えと救いを求めたのかな」
「だから、死んでしまえば、生きていた時の自分を支える歌を詠んでくれた人、式子内親王様にまずは、お礼を言いに行きたい」
「そうなると、恋とか愛とかのレベルではないね」

麗は、もう一首詠んだ。
「日に千たび 心は谷に 投げ果てて あるにもあらず 過ぐる我が身は」

茜の身体が震えた。
「一日に 千回も心を谷に投げ捨てる」
「生きているのか、そうでないのか」
「それもわからないような、日々が続いている」

麗は背筋を伸ばし、両手を合わせて、本殿を拝んでいる。
茜は、その麗を見て、泣き出してしまった。
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